この記事の流れ(全6章)
証券アプリで「買い」を押す。その注文は、たいてい取引所へは行かない。ある一社に吸い込まれ、その場で相手が付く。会社の名をシタデル・セキュリティーズという。
作ったのはケン・グリフィン。顔を知る人は少なく、テレビにもまず出ない。それでも米国の株式市場は、この人の会社なしには回らない。
個人の注文の約35%が、一社に集まっている
シタデル・セキュリティーズは「値付け業者」と呼ばれる会社だ。株を買いたい人にも売りたい人にも、その場で相手になる。
取引所で相手が現れるのを待たなくていい。だから注文はすぐ成立する。押した瞬間に買えたと感じるのは、この仕組みのおかげである。
儲けはどこから出るのか。買う値段と売る値段の、ごくわずかな差である。1回では取るに足らない額だ。
同社は、米国に上場する株のうち個人投資家の注文の約35%を引き受けていると開示している。小さな差が、その回数だけ積み上がる。
証券会社の側にも理由がある。注文を回す見返りに、値付け業者から代金を受け取れるからだ。これを注文回送料(Payment for Order Flow)という。
ロビンフッドやチャールズ・シュワブの「手数料ゼロ」は、この仕組みに支えられている。ゼロになったのではなく、払う人が変わった。
寮の屋根にアンテナを立てた19歳
1968 年、フロリダ州デイトナ・ビーチに生まれる。父はゼネラル・エレクトリックの経理担当だった。
1987 年、ハーバード大学の2年生だったグリフィンは、株価を遅れなく受け取る手段を欲しがった。
そこで寮の屋根に受信用の皿型アンテナを立てる許可を取る。配線は窓とエレベーターの縦穴を通り、2階の自室まで引かれた。
家族と知人から $265K を集め、最初のファンドを立ち上げる。狙いは転換社債の裁定取引だった。
株に交換できる社債と、その株そのもの。両者の値段はときどきズレる。そのズレを取りにいく取引である。
- 1968フロリダ州デイトナ・ビーチで生まれる
- 1987ハーバードの寮で取引を始める(19 歳)屋根のアンテナで株価を受け取った
- 1990$4.6M の元手でシタデルの前身を創業(22 歳)
- 2002シタデル・セキュリティーズを設立、値付けの商売へ
- 2008旗艦ファンドが1年で約 55% を失い、解約を止める
- 20122008 年の損失を取り返し、過去最高を更新
- 2021ゲームストップ騒動でメルビン・キャピタルへ出資
- 2022本社をシカゴからマイアミへ移すと社員に告げる
- 2023母校ハーバード大学へ $300M を寄付
- 2025シタデル・セキュリティーズの取引収入が $12.2B で最高
- 2026設立来の投資家利益が $90.4B に達する
この学生の成績を聞きつけたのが、シカゴの運用会社グレンウッド・パートナーズを率いるフランク・メイヤーだった。
メイヤーはまず $1M を預けて運用させた。1年目の成績は7割の利益。1990 年 11 月、$4.6M の元手でグリフィンは自分の会社を興す。22 歳である。
1年で半分を失った年に、出口を閉じた
2008 年、シタデルの旗艦ファンドは1年で約 55% を失った。世界の金融が凍りついた年である。
投資家からは解約の申し出が相次いだ。グリフィンはそこで解約を一時停止する。安値で資産を投げ売りするしかなくなる事態を避けるためだった。
この判断は激しく批判された。預けた金を引き出せない側から見れば、当然の反発である。
それでも会社は生き延びた。翌年に大きく戻し、2008 年の損失を取り返して過去最高を更新したのは 2012 年 1 月だった。
生死を分けたのは、危機の前に詰めておいた資金の借り方だった。取引先との条件を厳しくしていたため、貸し手が一斉に引き上げる事態は起きなかった。
出ないことで、名前を作った
グリフィンは講演にも SNS にもほとんど出ない。それでも名前が世に出る道を、彼は3つ持っている。
1つ目は寄付。2023 年に母校ハーバード大学へ $300M を寄付し、大学院の1つに彼の名が付いた。同大学への寄付は 40 年で $500M を超える。
2つ目は収集。2021 年、アメリカ合衆国憲法の最初の印刷版を $43.2M で落札した。書籍や文書の落札額としては世界最高である。
3つ目は政治。米国の共和党側で最大級の個人献金者の一人として知られている。
そして 2022 年、本社をシカゴからマイアミへ移すと社員に告げた。治安と政治への不満を、彼は隠さなかった。
マイアミは活気にあふれ、成長を続ける都市だ。ともに未来を築こうとする人々に何ができるか、その可能性を体現している
それでもニューヨークを見限ったわけではない。2026 年、税制を巡って市長と公に衝突したのちも、パーク街に建てる超高層ビルへ $4.5B を投じる計画を進めると表明した。腹を立てても、儲かる街は手放さない。
社内は徹底した実力主義で知られる。報酬は業界でも最高水準だが、成績が出なければ長くはいられない。
危ういのは、いちばんうまくいっている場所
弱点は失敗の側ではなく、成功の側にある。稼ぎ頭である値付けの商売が、個人投資家の注文の流れに強く寄りかかっている。
その流れは規制ひとつで細くなる。米国の証券取引委員会は、個人の注文を競争入札にかける案を検討していた。
だが 2025 年 6 月、その案は正式に取り下げられた。当面の圧力は退いたが、当局の顔ぶれが変われば戻ってくる話でもある。
もう1つは後を継ぐ人である。値付け会社の側にはペン・ジャオという最高経営責任者がいて、2017 年から任にある。
一方、運用会社の側を継ぐ人物は表に出ていない。2つの商売を1人で束ねる形は、そもそもグリフィンのために作られたからだ。
名前は取引明細に出てこない
グリフィンの名は、あなたの取引明細のどこにも出てこない。それでも「買い」を押すたび、注文の向こう側には誰かが立っている。
手数料ゼロは、誰も稼いでいないという意味ではない。誰が稼いでいるかが見えないだけだ。
だからこの人を追うなら、シタデルの年間成績より先に、手数料ゼロがいつまで続くかを見るとよい。ゼロを支えているのが、ほかならぬ彼の会社だからである。
出典:
- Citadel — Who We Are(設立年・運用体制) — https://www.citadel.com/who-we-are/
- Citadel Securities — Equities(個人注文のシェア) — https://www.citadelsecurities.com/what-we-do/equities/
- Harvard Gazette「Kenneth C. Griffin makes gift to FAS」(2023 年 4 月・$300M) — https://news.harvard.edu/gazette/story/2023/04/kenneth-c-griffin-makes-gift-of-300-million-to-fas/
- Fortune「Read the memo Ken Griffin sent to Citadel's employees」(2022 年 6 月・マイアミ移転) — https://fortune.com/2022/06/23/read-the-memo-ken-griffin-sent-to-citadels-employees-outlining-the-companys-plan-to-leave-chicago-for-miami/
- U.S. Securities and Exchange Commission — Order Competition Rule(2025 年 6 月に撤回) — https://www.sec.gov/rules-regulations/2025/06/order-competition-rule
- Fortune「After months of a public back and forth over Mamdani's pied-à-terre tax, Ken Griffin isn't ready to give up on New York after all」(2026 年 8 月) — https://fortune.com/2026/08/05/ken-griffin-citadel-zohran-mamdani-new-york-tax/
- 24/7 Wall St.「Ken Griffin Threatened to Walk Away From NYC Amid a Feud With Mamdani. Citadel Just Committed $4.5 Billion Instead」(2026 年 8 月) — https://247wallst.com/investing/2026/08/18/ken-griffin-threatened-to-walk-away-from-nyc-amid-a-feud-with-mamdani-citadel-just-committed-4-5-billion-instead/





