1984年、テキサス大学オースティン校。医者になることを期待されて入学した学生が、寮の一室でパソコンを組み立てては売っていた。店を通さず、客に直接届ける——その小さな工夫から、世界最大級のパソコン会社が生まれた。
テクノロジーは、変わるか死ぬかの世界だ
Dell Technologies の創業者マイケル・デルは、40年以上たったいまも会長兼CEOとして経営の椅子に座り続けている。会社の株の約4割を握る筆頭株主でもあり、創業者がここまで長く舵を握る大企業は珍しい。
医学部志望が、寮で会社を興す
1965年、テキサス州ヒューストン生まれ。父は歯科矯正医、母は株式ブローカーで、両親は息子を医者にしたかった。だがデルの興味は、はやくからコンピュータにあった。
大学に入った1984年、彼は寮の一室でパソコンの部品を売り始める。同じ年の5月、19歳で会社を法人化した。元手はわずか $1,000 だった。
発想は単純だ。店頭で売れ残りを抱える代わりに、客の注文を受けてから組み立てる。あいだに入る販売店の取り分をなくし、その分を安く売る。この直販で会社は一気に伸び、1992年、27歳のデルはフォーチュン500に入る企業として史上最年少のCEOになった。
直販という、たった一つの工夫
デルの経営は、ひとつの原則から動いている。客とのあいだに、誰も挟まないことだ。
ふつうのメーカーは、どの製品が売れるかを予想して先に作り、店に並べる。デルは逆で、注文を受けてから組み立てる。だから売れ残りの在庫を抱えにくく、客が本当にほしい構成をそのまま届けられる。
この「作る前に需要がわかる」仕組みが、長いあいだ同社の強みだった。派手な発明家というより、ムダを削って流れを速くすることに執念を燃やす——それがこの経営者の性格である。
一度、会社を市場から降ろす
2000年代後半、パソコンはスマートフォンに押され、デルの成長は止まった。上場企業は目先の利益を求められ、大きな作り替えがしにくくなる。
そこでデルは大胆な手に出た。2013年、投資会社シルバーレイクと組み、約 $24.9B で自分の会社を買い戻して非公開にする。株式市場の視線から離れ、じっくり作り替えるためだった。金融危機以降で最大の非公開化として話題になった。
2016年には、データ保存の大手EMCを $67B で買収する。当時のIT業界で史上最大の買収だった。パソコンの会社を、企業のデータセンターを支える会社へ組み替える賭けである。作り替えを終えたデルは、2018年に再び上場を果たした。
読み終わりに — PCの次はAI
いま、デルの主戦場はパソコンではない。企業が競ってAIに投資し、その計算をこなすAIサーバーの需要が爆発している。デルは エヌビディア の半導体を積んだサーバーを大量に組み立て、その受注残は記録的な水準に膨らんだ。
面白いのは、これがかつての直販モデルの延長線上にあることだ。客の注文に合わせて、大量の機械を素早く組んで届ける——やっていることの芯は、寮の一室のころと変わらない。
Dell という会社を見るときは、パソコンの派手さより、注文をさばく速さと在庫の少なさに目を向けるとよい。そして経営者マイケル・デルの性格は、ひとことで言えば「変わり続けることを恐れない」。会社の名も、事業も、株の上場すら、何度でも作り替えてきた人である。




