IBMは110年、時代が変わるたびに姿を変えて生き延びてきた。パンチカード、大型汎用機、パソコン、そしてクラウド。アーヴィンド・クリシュナは、その次の姿を「AI」に定めた人物だ。ところが2026年7月、賭けたはずのAIが、自分の会社を通り過ぎていく音を聞くことになる。
企業の成否を決めるのは、ハイブリッドクラウドとAIの2つだ
IBM の会長兼CEO。研究所の科学者として入社し、30年かけて頂点にのぼった珍しい経歴の持ち主だ。派手な発信も、会社を渡り歩く経歴もない。難しい問題を静かに解いて結果を出す——その積み重ねで、老舗の舵を握った。
研究室から来たCEO
1962年、インド南部アーンドラプラデーシュ州の生まれ。父は陸軍の軍人だった。工学の名門IITカーンプル校で電気工学を学び、渡米してイリノイ大学で博士号を取る。
1990年、研究者としてIBMのワトソン研究所に入った。暗号やアルゴリズムの分野で15件の特許を持つ、根っからの技術者だ。2015年にはIBMの研究部門トップに立つ。世界の研究所と数千人の科学者を束ねる、歴代11人目の座だった。
$34Bの賭け
クリシュナの名を決定づけたのは、2019年のRed Hat買収だ。金額は$34B、当時としてはソフト業界で最大の買収。この案を設計したのが、まだCEOになる前のクリシュナだった。
狙いははっきりしていた。企業のシステムは、自社のサーバーと複数のクラウドが混じり合う「ハイブリッド」な形になる。その接着剤にRed Hatの技術を据え、IBMを裏方のインフラに変える——それが彼の描いた地図だ。
CEO就任後は、生成AIの基盤「watsonx」にも社運を重ねた。派手な消費者向けサービスではなく、企業の現場で使われる道具を売る。受注残は$12.5Bまで積み上がり、老舗の再建はうまくいくかに見えた。
AIが、自社を迂回した日
2026年7月14日、IBM株は1日で約25%下がった。1987年の暴落を超える、上場来で最悪の下げ幅だ。
きっかけは、決算発表を待たずに出した業績警告だった。中核のソフトと汎用機(メインフレーム)の売上が、予想に届かない。理由が皮肉だった。企業がIT予算を、AI用のサーバーやメモリの確保へ振り向けたのだ。
クリシュナが賭けたAIの波は、本物だった。だがその奔流は、IBMのソフトではなく、半導体やメモリ、データセンターへと流れた。値上がり前に設備を押さえようと、顧客は財布の中身をハードに移した。AIを推した会社が、そのAI投資に置いていかれる。そんな構図が、一夜で株価に表れた。
読み終わりに
クリシュナは、科学者らしく長い時間軸で会社を動かす経営者だ。10年単位の研究に投資し、配当は30年間増やし続けてきた。派手さより、じわじわ効く設計を好む。
その静かな強みは、AIのように「今すぐ、大量に」お金が動く局面では、もどかしさにもなる。IBM を見るときは、生成AIの受注残がどれだけ伸びるかと、顧客の予算がハードからソフトへ戻ってくるかを見ると、この会社の現在地がつかめる。老舗が次の姿へ変わり切れるか——その途中に、今のIBMはいる。




