この記事の流れ(全4章)
IBMは110年、時代が変わるたびに姿を変えて生き延びてきた。パンチカード、大型の計算機、パソコン、そしてクラウド。アーヴィンド・クリシュナは、その次の姿を「AI」に定めた人物だ。ところが2026年7月、賭けたはずのAIが、自分の会社を素通りしていく音を聞くことになる。
IBM の会長兼最高経営責任者(CEO)。研究所の科学者として入社し、30年かけて頂点にのぼった。会社を渡り歩いた経歴も、派手な発信もない。
難しい問題を静かに解いて結果を出す。その積み重ねで、110年の老舗の舵を握った人だ。
30年、同じ会社の研究所にいた
1962年、インド南部アーンドラプラデーシュ州の生まれ。父は陸軍の軍人だった。
工学の名門インド工科大学カーンプル校で電気工学を学び、1985年に卒業する。その後アメリカへ渡り、イリノイ大学で博士号を取った。
1990年、ニューヨーク州にあるIBMのワトソン研究所に入る。暗号や計算の手順を研究し、同僚とともに15件の特許を出した。
珍しいのは、そこから一度も会社を移らなかったことだ。2015年には研究部門のトップに立つ。世界に散らばる研究所と数千人の科学者を束ねる役目である。
経営者になる人は、普通は事業部を渡り歩いて数字で名を上げる。クリシュナは逆だった。研究所から出て、入社30年目に社長になった。
- 1962インド・アーンドラプラデーシュ州で生まれる父は陸軍の軍人
- 1985インド工科大学カーンプル校で電気工学を修める
- 1990研究者としてIBMワトソン研究所に入社
- 1991イリノイ大学で電気工学の博士号
- 2015IBMの研究部門トップに就任
- 2019レッドハット買収($34B)が7月に完了設計したのは、まだ社長ではない彼だった
- 20204月に最高経営責任者へ
- 2021運用受託部門をキンドリルとして分離、会長を兼任
- 20261月に生成AIの受注が$12.5B超、7月に株価が1日 -25%
$34Bで土台を買い、9万人を手放す
企業の成否を決めるのは、ハイブリッドクラウドとAIの2つだ
聞き慣れない言葉が出てくるが、中身は難しくない。自社に置いた機械と、外から借りた計算の場所(クラウド)を、混ぜて使う形のことだ。
クリシュナの名を決めたのは、2019年のレッドハット買収である。1株$190の現金、総額はおよそ$34B。当時、ソフト業界で最大の買収だった。
レッドハットは、どのクラウドでも同じように動かせる土台のソフトを持っていた。混ぜて使う時代の接着剤にあたる。IBMはその接着剤を売る裏方になる——それが彼の描いた地図だ。
売る相手は消費者ではない。文章や画像を作るAI(生成AI)を、企業の業務に組み込む仕事だ。この契約の積み上げは、2025年末で$12.5Bを超えた。
就任の翌年には、逆向きの手も打った。顧客の機器の面倒を見る運用受託の部門を、キンドリルとして切り離したのだ。
移った社員は9万人。IBMの株を5株持つ人にキンドリルの株を1株配る形で、丸ごと外へ出した。
人手で稼ぐ大きな事業を手放し、利幅の厚いソフトへ寄せる。売上は縮むが、残る利益の率は上がる。粗利率は2020年の55.9%から、2025年には58.2%へ上がった。
2026年7月14日、AIの金が自社を素通りした
2026年7月14日、IBM株は1日で25%下がった。少なくとも1968年以降で最悪の下げ幅である。
きっかけは、決算発表を待たずに出した業績の警告だった。銀行などの基幹処理を担う大型汎用機と、ソフトの売上が見込みに届かない。
理由が皮肉だった。企業が手元の予算を、AI用のサーバーやメモリを先に押さえることへ振り向けたのだ。
値上がりする前に確保したい。そう考えた顧客が、財布の中身を機械へ移した。後回しにされたのが、IBMの汎用機とソフトの商談である。
AIを推してきた会社が、そのAIへの投資に置いていかれる。「AIは本物、ただし自社を通らない」——市場は一夜でそう値付けした。
同じ日、IBMが失った支出の行き先は買われている。AI用サーバーのデルも、メモリのマイクロンも上げた。
賭けの向きは合っていた。ただ、お金が流れる順番が違ったのだ。
決算発表を待たず、8日前に自ら悪い数字を明かしたのもクリシュナ本人の判断だった。批判を浴びたあと、業界紙に短く答えている。
やっかいなことは、先延ばしにするより早く片づけるほうがいい
先送りではなく延期にすぎない、というのが本人の言い分だ。実際、通期の増収率見通しは据え置かれている。
31年増やし続けた配当と、待ってくれない相場
クリシュナは、科学者の時間で会社を動かす。10年かかる研究に金を出し、配当は31年続けて増やしてきた。量子コンピューターについても、利益に効いてくるのは2028〜2029年ごろ、価値が$1Tに達するのは2030年代末という時間軸を7月末に語っている。
四半期の配当は1916年から一度も途切れていない。2026年4月には1株$1.69へ引き上げている。
その静かさは、AIのように「今すぐ、大量に」お金が動く局面では弱点になる。
2026年4〜6月の売上は$17.2B、前年から1%の伸びにとどまった。それでも通年の見通しは下げず、手元に残る現金は年$1B増えると説明している。
企業の構造が変わる動きは、まだ序盤にすぎない
この会社を見るなら、追う数字は3つでいい。生成AIの受注が積み上がるか。ソフトの伸びが二桁を保てるか。そして汎用機の売上が戻るか。
3つがそろえば、研究所から来た人の設計は正しかったことになる。そろわなければ、110年の老舗はまた次の姿を探すことになる。
答えが出るのは、彼が好む10年後ではない。次の決算の日だ。
出典:
- IBM Newsroom「IBM RELEASES FOURTH-QUARTER RESULTS」(2026-01-28) — https://newsroom.ibm.com/2026-01-28-IBM-RELEASES-FOURTH-QUARTER-RESULTS
- IBM Newsroom「IBM RELEASES FIRST-QUARTER RESULTS」(2026-04-22) — https://newsroom.ibm.com/2026-04-22-IBM-RELEASES-FIRST-QUARTER-RESULTS
- IBM Newsroom「IBM Closes Landmark Acquisition of Red Hat for $34 Billion」(2019-07-09) — https://newsroom.ibm.com/2019-07-09-IBM-Closes-Landmark-Acquisition-of-Red-Hat-for-34-Billion-Defines-Open-Hybrid-Cloud-Future
- Kyndryl「Kyndryl Completes Separation from IBM」(2021-11-04) — https://www.kyndryl.com/us/en/about-us/news/2021/11/2021-11-04-Kyndryl-Completes-Separation-from-IBM
- CNBC「IBM warns second-quarter earnings fell short of expectations」(2026-07-14) — https://www.cnbc.com/2026/07/14/ibm-warns-second-quarter-earnings-fell-short-of-expectations.html
- IBM Newsroom「IBM RELEASES SECOND-QUARTER RESULTS」(2026-07-22) — https://newsroom.ibm.com/2026-07-22-IBM-RELEASES-SECOND-QUARTER-RESULTS
- 「Deferral, and not destruction」: IBM CEO Arvind Krishna on letter that sent shares down 25%, Storyboard18 — https://www.storyboard18.com/brand-makers/deferral-and-not-destruction-ibm-ceo-arvind-krishna-on-letter-that-sent-shares-down-25-108418.htm
- IBM CEO sends blunt message on quantum computing, TheStreet — https://www.thestreet.com/investing/international-business-machines-corporation-ibm-ceo-arvind-krishna-ai-and-quantum-computing-1-trillion-opportunity-by-late-2030s




