2020 年 11 月、Pfizer と独 BioNTech が共同開発した コロナ mRNA ワクチン Comirnaty が、史上最速の 9 ヶ月で FDA 緊急使用許可を取得した。CEO アルバート・ブーラの賭けが、世界を救った瞬間だった。
我々が早く動かなければ、何百万人もが死ぬ。速度は道徳的責任だ
コロナ期間中、Pfizer は Comirnaty + 抗ウイルス薬 Paxlovid で年間 $100B 級の売上を計上。だが 2023 年以降、需要急減で 株価はピークから 60% 下落。「コロナ後の Pfizer」をどう作るかが、ブーラ最大の宿題だ。
テッサロニキの獣医学博士から、Pfizer の頂点へ
1961 年、ギリシャ・テッサロニキで生まれる。家族はホロコースト生存者のセファルディ系ユダヤ人で、「戦争を生き延びた両親の物語」が幼少期から続く家庭環境だった。アリストテレス大学テッサロニキ校で獣医学を学び、獣医学博士号を取得。生殖生物学を専門分野にした。
1993 年、Pfizer の Animal Health 部門(家畜・ペット向け医薬品)にギリシャ法人で入社。獣医学博士としての専門性を活かし、まず Animal Health のマーケティングで頭角を現す。「Pfizer は人薬の会社、Bourla は獣医出身」という出自は、社内では異色だった。
1996 年以降、欧州地域 → アジア → 米国本社と段階的に責任を拡大。2014 年に Pfizer Innovative Health(処方薬部門)の社長、2016 年に COO、2019 年 1 月に CEO 就任。Pfizer 入社 26 年での頂点、社内昇進組の典型例だった。
mRNA への賭けと、ポスト・コロナの再建
ブーラの CEO 任期の最初の象徴は mRNA ワクチンへの賭け。2020 年 3 月、世界がコロナ初期混乱の中、ブーラは 「9 ヶ月で承認まで持っていく」と公言、BioNTech と緊急提携を結んだ。当時の専門家の多くは「ワクチンは 18 ヶ月以上かかる」と言っていた。
成功のレシピ:
- 巨額の事前投資: Pfizer は政府資金を受けず、$2B 超を自社負担で開発・製造を並行進行。失敗すれば巨額損失。
- 製造の同時立ち上げ: 臨床試験中に製造ラインを構築、承認後すぐ大規模出荷を可能に。
- 超低温配送網の整備: -70°C 配送網を世界規模で構築、これが Pfizer の差別化に。
結果、Comirnaty は 2021〜2022 年で世界 30 億人以上に接種、Pfizer の年間売上は $41B → $100B 超へ倍増。経口治療薬 Paxlovid も短期に承認、コロナ対策の象徴的企業となった。
しかし 2023 年以降、コロナ収益が急減。ワクチン接種率の低下、Paxlovid の在庫過剰、株価はピークから半減。ブーラの 2023〜2025 年は「コロナ後の事業再構築」期になった。Seagen 買収($43B、がん治療強化)、人員削減、コスト構造の見直しが並行進行している。
ホロコースト生存者の家系、医師としての視点
ブーラを語るとき、個人史が経営判断と切り離せない。両親は ナチスのホロコーストを生き延びたギリシャ系ユダヤ人で、テッサロニキのユダヤ人コミュニティ約 5 万人のうち戦後生存したのは 2,000 人弱。ブーラ自身がインタビューで「両親が生き延びたから私が存在する」と何度も語っている**。
私の両親はホロコーストを生き延びた。私は薬で何百万人を生かす。これは責任の物語だ
獣医学博士という出自も独特だ。米大手製薬の CEO で 獣医学博士は珍しい。ブーラは「生殖生物学から医薬品科学への発想は近い」と語り、Pfizer 内では 科学的判断を CEO 自身が下すスタイルを貫いている。
社員管理は 「信頼してから判断」のスタイル。コロナワクチン開発の意思決定では、社内の科学者の判断を尊重し、開発リーダーのキャスリーン・ジェンセンに広い裁量を委ねた。「ブーラは聞いて、決める」と社員は評する**。
社外活動では 米国製薬工業協会(PhRMA)の前会長、世界経済フォーラムの常連。「製薬の倫理と速度」を頻繁にスピーチする立場にいる**。
コロナ後の谷、後継者、そして買収統合
Pfizer の現在の課題は 「コロナ後の谷」。2022 年売上 $100B から、2024 年は約 $60B 規模に縮小。これは コロナ収益の正常化で、Pfizer 自身も予想していたが、市場の評価は厳しい。株価ピーク $50 → 現在 $26 前後で、投資家の不満が積み上がっている。
第二のリスクは Seagen 買収の統合。$43B の大型買収は、Pfizer のがん事業を一気に強化したが、統合コストと商業化のスピードが問われている。Adcetris、Padcev、Tukysa などの ADC(抗体薬物複合体)パイプラインが想定通り業績に貢献するかは、まだ確定的でない。
第三のリスクは 後継者問題。ブーラは 65 歳。ミカエル・ドルステン(CSO)、マンドゥー・スブラ(CFO)、アンジェラ・フッシャー(バイオ医薬品部門)などが社内候補。ブーラは「まだ引退は早い」を繰り返しているが、市場の関心は強い。
そして 「次の mRNA」。Pfizer は mRNA 技術を インフルエンザ、RSV、がん治療へ応用する計画を進めるが、Moderna との競争が激しい。「コロナ以外で mRNA を商品化できるか」が、ブーラ最後の宿題**だ。
読み終わりに
ブーラの面白さは、「獣医学博士 + ギリシャ系ユダヤ人 + Pfizer 内製の昇進組」という稀有な組合せで、世界最大の製薬企業を率いている点にある。コロナ初期の 「9 ヶ月で承認」という賭けは、人類史に残る判断だ。だが、その栄光が大きすぎて、「コロナ後の Pfizer」を再建する難題**が霞んでいる。
Pfizer の株を見るときは、四半期売上より Seagen 由来のがん治療薬の売上推移と mRNA 系次世代パイプライン(インフルエンザ、RSV、がん)の進捗を読むと、見え方が変わる。ブーラが残す最後の作品が 「コロナで稼いだ資金で次世代パイプラインを買い揃えた製薬リーダー」として記憶されるのか、それとも 「コロナ一発の Pfizer」で終わるか — そこに次の 5 年が見える。





