この記事の流れ(全5章)
2016 年、この会社が 1 年で売った薬は $21.2B 分だった。2026 年の見通しは $85B を超える。新薬が何十種類も出たわけではない。ひとつの薬が、桁違いに当たった。
「体重は薬で減らせる」。この一文が、医療と株式市場の両方を動かした。
イーライリリーは 1876 年創業、米国インディアナ州の製薬会社である。
150 年続いたその会社を 4 倍にしたのは、外から呼ばれた改革者ではない。1996 年に入社した生え抜き、デビッド・リックスだ。
1つの薬が、会社の形を変えた
食後に腸から出て、脳に「もう満腹だ」と伝えるホルモンがある。GLP-1 と呼ばれる。
リリーが作ったチルゼパチドは、このホルモンともう 1 種類の働きをまとめて真似る薬だ。
週に 1 回、自分で注射する。食欲が落ち、体重が減る。糖尿病の治療から始まり、肥満の治療へ広がった。
米国の医薬品規制当局 (FDA) は、2022 年に糖尿病用のマンジャロを承認した。翌 2023 年には肥満用のゼップバウンドも通った。
売れ方は製薬の歴史でも例が少ない。2026 年 4〜6 月期は、この 2 つだけで $14.9B を売っている。
会社全体の $23.0B の 6 割にあたる。残り 4 割に、他の糖尿病薬もがんの薬も全部入っている。
30年、同じ会社にいた
1967 年、インディアナ州ブルーミントン生まれ。育った時期の多くはカリフォルニアで過ごしている。
高校を出てインディアナへ戻り、1990 年にパデュー大学で工業経営を修めた。
最初の職場はニューヨークのアイ・ビー・エムで、担当は営業だった。
1994 年、当時の恋人 (のちの妻) が医学部に進むのに合わせてインディアナへ帰る。1996 年に経営学修士を取り、同じ年にリリーへ入った。
配属は事業開発、つまり他社を買う話の担当である。そこから米国の営業と販売の現場へ移った。
カナダの現地法人を 3 年、中国の現地法人を 1 年率いる。2009 年に米国法人の社長になった。
2012 年に部門長、2017 年 1 月に最高経営責任者。入社から 21 年で頂点に立った。
まず問うのは、人の苦しみがどこにあるかだ。そこから逆算して考える
派手さのない人だ。本社はインディアナポリスのまま、決算の説明も淡々としている。
社内の作法も変えなかった。幹部の多くが生え抜きで、リックス自身がその見本になっている。
- 1967インディアナ州ブルーミントンで生まれる
- 1990パデュー大学で工業経営を修める卒業後はニューヨークで営業職
- 1996インディアナ大学で経営学修士、リリー入社
- 2005カナダ法人のトップ
- 2008中国法人のトップ
- 2009米国法人の社長
- 2012バイオ医薬品部門の社長
- 2017最高経営責任者に就任、同年 6 月に会長も兼ねる
- 2019がんのロクソ・オンコロジーを $8B で買収
- 2022糖尿病用マンジャロが米国で承認
- 2023肥満用ゼップバウンドが米国で承認
- 2024アルツハイマー病のケサンラが米国で承認
- 2025米国政府と価格で合意、公的保険が肥満治療へ
- 2026飲み薬版が承認、時価総額が $1T を超える
量は増え、値段は下がる
2026 年 4〜6 月期の中身を分けると、この会社の現在地が見える。
売れた量は 60% 増えた。一方で、実際に受け取った価格は 13% 下がっている。
値下がりは事故ではない。リックスが自分で選んだ道だ。
2025 年 11 月、リリーは米国政府と価格で合意した。輸入にかかる税を免れる代わりに、薬を安く出す。
メディケア (米国の高齢者向け公的医療保険) は、肥満の治療に初めてお金を払う。注射は月 $245 が基準になった。
2026 年 4 月には飲み薬版も承認された。注射を嫌う人にも届く形である。
自己負担で買う場合は月 $149 から始まる。薬の値段としては、ずいぶん安い部類に入る。
工場も足りていない。2020 年以降、米国の生産設備に $55B 超を投じてきた。
作れる量がそのまま売上の上限になる。この会社では研究所と同じくらい、工場が経営の中心にある。
次の柱は、まだ細い
死角もはっきりしている。稼ぎがひとつの薬に寄りすぎていることだ。
肥満の薬で先を走ってきたのはノボノルディスクだった。
価格の圧力も続く。メディケアには、高い薬を選んで値段を交渉する仕組みがある。
2026 年に選ばれた 15 品目にチルゼパチドは入らなかった。ただ、売れている薬ほど選ばれやすい。
そして次の柱が細い。アルツハイマー病のケサンラは 2024 年に承認された。
がんの薬も、2019 年に $8B を投じて買った会社から育てている。どちらもマンジャロの規模には遠い。
今年の研究費は $14.5B。ドイツや日本が国として出す額より多い
研究に金を積むのは、次の当たりを引く確率を上げるためだ。当たるかどうかは、事前には誰にも分からない。
決算で追うべき二つの数字
リックスがやったのは、肥満を「本人の努力不足」から「薬で治す病気」へ置き換えることだった。
その言い換えが正しかったかどうかは、もう数字が答えている。
残る問いは値段だ。安くするほど使う人は増え、1 人あたりの利益は薄くなる。
この綱引きの結果は、四半期ごとの「売れた量」と「実現価格」という二つの数字に出る。
次の決算でそこだけ追えば、会社の体温は測れる。新薬の話題より、ずっと正直な目盛りである。
出典:
- Lilly reports second-quarter 2026 financial results (2026-08-05) — https://www.prnewswire.com/news-releases/lilly-reports-second-quarter-2026-financial-results-raises-full-year-guidance-and-highlights-continued-growth-and-pipeline-progress-302843165.html
- FDA approves Lilly's Foundayo (orforglipron) (2026-04-01) — https://www.prnewswire.com/news-releases/fda-approves-lillys-foundayo-orforglipron-the-only-glp-1-pill-for-weight-loss-that-can-be-taken-any-time-of-day-without-food-or-water-restrictions-302731485.html
- Eli Lilly and Company「David Ricks」(会社公式の経歴) — https://www.lilly.com/about/leadership/david-ricks
- CNBC「Trump announces deals with Eli Lilly, Novo Nordisk」(2025-11-06) — https://www.cnbc.com/2025/11/06/trump-eli-lilly-novo-nordisk-deal-obesity-drug-prices.html
- Chief Executive「CEO Of The Year: A Conversation With Eli Lilly's Dave Ricks」(本文の引用元) — https://chiefexecutive.net/ceo-of-the-year-a-conversation-with-eli-lillys-dave-ricks/





