米大手銀行で史上初の女性 CEO。Citigroup の地位はそれだけで歴史的だが、ジェーン・フレイザーが背負ったのは「米国で最も複雑になりすぎた銀行を、解体しながら蘇らせる」という難題だった。
複雑さは敵だ。事業の数を減らして、本当に強い部分を強くする
2021 年 3 月、フレイザーが CEO に就任した時、Citigroup は JPMorgan の半分、Bank of America の 7 割の時価総額。リーマン以来 13 年の再建に終止符を打ち、「複雑さからの脱却」を旗印に大手術が始まった。
スコットランドから Wall Street へ
1967 年、英国スコットランドのセントアンドルーズで生まれる。ケンブリッジ大学ガートン校で経済学を学び、Goldman Sachs ロンドン支店 で銀行業のキャリアを始める。1992 年に McKinsey に転職、ロンドン・マドリード・ニューヨークで金融機関を担当する戦略コンサルタントに。11 年間 McKinsey で過ごし、世界各国の銀行の経営課題を内側から見た。
2004 年に Citigroup に転職。当初は M&A 戦略担当だったが、プライベートバンク、住宅ローン、ラテンアメリカ消費者銀行と、段階的に責任範囲を広げる。2015 年からは中南米地域全体の責任者。メキシコの Banamex という Citi の重要子会社の経営を含むため、フレイザーは 国別事業の運営経験を積んだ。
2019 年に Citi の President(社長)、2020 年に CEO 内定、2021 年 3 月に正式就任。米大手銀行で初の女性 CEOとして就任した瞬間、世界の金融メディアは「米国の銀行業の象徴的瞬間」と報じた。
「Bora Bora」と複雑さの解体
フレイザーが就任直後に着手したのは、事業の地理的・機能的な絞り込みだ。アジアの消費者銀行 13 ヶ国(オーストラリア、中国、インド、韓国、台湾、フィリピン、マレーシア、ベトナム、タイ、ロシア、バーレーン、ポーランドなど)から撤退。一部を香港の DBS や台湾の UOB に売却、一部はクローズアウト。Banamex(メキシコ)も IPO で分離する予定だ。
2023 年には 「Project Bora Bora」 と社内で呼ばれた組織改革を断行。それまでの複雑な事業部制を 「Services、Markets、Banking、Wealth、US Personal Banking」の 5 部門制に簡素化。各部門に明確な P&L を持たせ、責任者の指名を変えた。部門長の半分が交代する大改革だった。
並行して 規制対応。Citi は 2020 年に 連邦準備制度から内部統制問題で罰金を受け、業務改善命令を負っている。「コンセント・オーダー」と呼ばれるこの命令への対応コストが、いまも年間 $30 億規模で続く。フレイザーは「テクノロジーへの再投資 + ガバナンス強化」で 5 年かけて応えると公言している。
「家族と仕事は両立する」を示した経営者
フレイザーは 女性 CEO として象徴的に取り上げられがちだが、本人は「女性であることより、銀行家として評価されたい」と繰り返してきた。2 児の母として、子供が小さい時期に McKinsey でパートタイムを選んだ経験を持つ。
複雑な組織を率いるとき、最も難しいのは「やらないこと」を決めることだ
社内文化は 「冷静で、地道」。マイク・コーバット(前任 CEO)の引き継ぎから、議論型の文化にシフトさせた。毎週の経営会議は短くし、決定を素早く下す。McKinsey 譲りの戦略フレームワークを多用し、社員に「改革ロードマップを覚えさせる」スタイルだ。
彼女のメンターは Charlie Scharf(現 Wells Fargo CEO)で、Visa CEO 時代の Scharf から「シンプル化」の経営手法を学んだとされる。Citi の改革は、その思想を 50 万人組織にスケールさせる試みだ。
5 年経っても残る課題
評価は徐々に上がっている。株価は CEO 就任時から 85% 上昇、自己資本比率は改善、簡素化は進んだ。Wall Street アナリストの 8 割が「Buy」または「Hold」を維持している。
ただ、課題は重い。1 つは規制対応の遅さ。2024 年にも内部統制の問題で追加罰金を受け、「コンセント・オーダーがいつ解除されるか見えない」状況だ。2 つ目は ROE(株主資本利益率)が他大手銀行に劣ること。JPMorgan の ROE が約 17% に対し、Citi は 8〜10% で、過去 10 年改善が遅い。
3 つ目は Banamex の分離・IPO。メキシコ国内の政治情勢と、Banamex 自体の業績低迷で、当初予定の 2025 年から 2026 年以降にずれ込む可能性。これは Citi の純利益にも、フレイザーの市場評価にも影響する。
そして AI と銀行業の構造変化。フィンテック、デジタル銀行、ステーブルコイン、生成 AI による業務自動化。Citi が「複雑さを解体する」途上で、業界全体が次の段階に入っている。フレイザーが解体しながら、同時に AI 統合の主役になれるかは未知数だ。
読み終わりに
フレイザーの面白さは、「米大手銀行で女性が CEO になった」歴史的事実より、彼女の改革手法そのものにある。McKinsey で学んだ戦略フレームワーク、メキシコ Banamex で得た現場経験、そして McKinsey 出身でなければ言わない「事業を減らす」という選択。これらが Citi の 5 年を変えた。
Citigroup の株を見るときは、四半期利益より Banamex 分離の進捗と コンセント・オーダー解除の見通しを読むと、見え方が変わる。フレイザーが残す最後の作品が 「JPMorgan の半分の規模だが、ROE で対抗できる銀行」なのか、それとも 次の解体期へ向かう中間体なのか — そこに次の 5 年が見える。





