ジム・ファーリーの祖父は、ヘンリー・フォードのもとで働いた整備工だった。孫が今、Ford の CEO として家業の運命を握っている。
Ford のクルマを買う人は、Ford の物語を買っている
2020 年 10 月、ファーリーは CEO 就任とともに 「Ford+」という再建計画を発表。F-150 Lightning(電動ピックアップ)、Mustang Mach-E、商用車 E-Transit を含む 10 種類超の EV を投入する戦略だ。だが、EV 部門の赤字、ハイブリッド回帰、UAW ストライキが連続し、最初の 5 年は試練続きだった。
Ford の血と、Toyota の修行
1962 年、デトロイト生まれ。祖父のジェームズ・ファーリー Sr. は Ford のリバー・ルージュ工場で整備工として勤務。父は IBM の幹部、母は教師。家庭環境はテックと自動車の混在だった。
ジョージタウン大学で経済学・コンピュータ科学を学び、卒業後に トヨタ自動車の米国法人に入社。Toyota North America で 17 年、レクサスのブランド立ち上げ、Scion ブランドの創設、米国市場戦略を担当した。「Toyota で 17 年学んだことが、Ford の経営に最大の資産になった」と本人が振り返る。「品質、リーン生産、ブランド構築」の Toyota 流を徹底的に体に染み込ませた経歴だ。
2007 年、Ford の アラン・ムラリー CEO に勧誘されて Ford へ移籍。マーケティング担当 → 欧州事業責任者 → グローバル新興市場担当 → COO と段階的に責任を広げ、2020 年 10 月に CEO 就任。ジェームズ・ハケット前 CEO の自動運転路線を引き継いだ後、自分の色で再構築を始めた。
「Ford+」と現実主義
ファーリーが 2021 年に発表した 「Ford+」 は、Tesla 型の EV シフトを目指す野心的な計画だった。$50B の EV 投資、Bluecruise(自動運転)の自社開発、Ford Pro(商用車サービス)の拡大、SBC(自社設計のソフトウェア)の構築。
特に重要なのが 3 事業部制への分割:
- Ford Blue: 内燃機関(ガス車)
- Ford Model e: 電気自動車
- Ford Pro: 商用車・フリート向け
これは 「内燃機関で稼ぐ事業」と「EV で投資する事業」を会計上分離して、株主に進捗を見せる戦略だった。問題は、Model e(EV 部門)が大赤字を続けていることだ。2024 年度の Model e 営業損失は $5B 超。F-150 Lightning は販売が想定の半分以下、Mustang Mach-E は在庫増。
ファーリーは 2024 年に 計画の現実化へ動く。EV 投資を一部後退、ハイブリッド車を 2030 年まで全モデルに併用、コンパクト EV の新工場計画を遅延。「Tesla とは違う道で行く」と公言した。Ford のドル箱はピックアップトラック F-Seriesであり、それを守るための柔軟性を取り戻した。
「カーガイ」のスタイル
ファーリーは 「カーガイ(クルマ好き)」CEO の代表格。週末は自分のレーシングカーでサーキットを走り、Mustang Boss 302、Lola T-70(1960 年代のレーシングカー)を所有。Twitter(X)に自分のドライブ動画を投稿するなど、シリコンバレー型の経営者像とは違う「自動車人としての CEO」像を強調している。
クルマは数字じゃない。匂い、音、感触で決まる
社員には「現場主義」を要求する。経営会議の場でも、「実際に試乗したか」「ディーラーの店員と話したか」を頻繁に問う。Toyota で学んだ「現場主義」の影響だ。
ただし、現場主義が EV 移行の判断遅れに繋がったという批判もある。Tesla や中国メーカーが「ソフトウェア主導の自動車製造」を加速する中、Ford は 「品質、伝統、現場感」を優先するため、ソフトウェアの内製化やリーン製造の更新で出遅れた。
EV 赤字と、F-Series 依存
Ford の構造的リスクは F-Series 一極依存。F-150、F-250、F-350 を含む F-Series は 米国で 47 年連続販売台数 1 位、Ford 全体の純利益の 約 8 割を稼ぐ。F-Series の販売が落ちれば、Ford 全体が直撃を受ける構造で、これが EV 移行を急がせる理由でもある。
第二のリスクは EV 移行コスト。Ford は 2022〜2025 年の累計 EV 部門赤字が $10B 超で、株主からの批判が強い。「EV を作るたびに損をしている」という構造で、量産規模が小さい間は赤字解消の見通しが立たない。
そして UAW との関係。2023 年のストライキは Ford のコスト構造を 5 年間で $8.8B 押し上げると試算されている。米国製造業の労働コストが上がる中で、米国産 EV を作って黒字化すること自体が極めて難しい。
読み終わりに
ファーリーの面白さは、「祖父が Ford の工場で働いた」家系を背負って、孫が会社を継ぐというアメリカ的な物語を、現代の自動車変革期に立ち上がらせた点にある。Tesla のような「創業者の若さと突進力」ではなく、「伝統と現実主義の組合せ」で再建を試みる姿勢が独特だ。
Ford の株を見るときは、四半期売上より F-Series の販売台数と EV 部門(Model e)の赤字縮小ペースを読むと、見え方が変わる。ファーリーが残す最後の作品が 「ピックアップトラックを守りながら EV に脱皮した Ford」なのか、それとも EV 計画を断念して伝統的自動車会社に戻る Fordなのか — そこに次の 5 年が見える。





