この記事の流れ(全5章)
人工知能に使われる半導体は、どこの工場で作られても、最後は同じ機械を通る。その機械を作れる会社は、世界に 1 社しかない。
その 1 社がオランダのASMLだ。回路を光で焼き付ける装置のうち、極端紫外線という短い光を使う最新の型は、ここでしか作られていない。
台湾のTSMC、米国のインテル、韓国のサムスン電子は、この会社の納期に合わせて工場の計画を組む。その順番を預かっているのが、フランス出身の一人の技術者である。
1 台の機械は、世界中の寄せ集めでできている
ASML が単独で発明した装置ではない。各国から届く部品を 1 台にまとめ上げる仕事だと考えると分かりやすい。
光を出す部分は米国のサイマー社が作る。錫の粒にレーザーを当てて光らせる仕組みで、ASML はこの会社ごと中に取り込んだ。
光を運ぶ鏡はドイツのカール・ツァイスがみがく。平らさは原子の大きさに近い水準まで追い込まれ、代わりを作れる会社はほとんどない。
組み立てはオランダ南部フェルトホーフェンの工場で行う。1 台がバスほどの大きさになるため、運び出すには大型の貨物機が何機も要る。
2026 年からは、さらに細かく刻める新型が量産に入った。光を広く取り込む型で、1 台 $400M 前後と従来型のおよそ 2 倍になる。
7 月、インテルがこの新型で作った半導体を量産品として世界で初めて出荷した。新技術が試作の段階を抜けた合図である。
物理の学生が、独占企業の頂点に立つまで
1973 年、フランス生まれ。グルノーブルの工科大学で物理学の修士を取り、半導体の製造装置という地味な世界に入った。
最初はアプライド・マテリアルズ、次に KLA テンコール。どちらも米国の装置メーカーで、担当は製品の企画や顧客まわりだった。
2008 年に ASML へ移る。当時の極端紫外線はまだ実験室の技術で、量産の現場に届くまでさらに 10 年を要した。
2018 年、その部門の責任者になる。研究の成果を、台湾や韓国の工場で毎日動く機械に変えるのが仕事だった。
2022 年に顧客と製品を束ねる役職へ移り、2024 年 4 月 25 日に社長兼最高経営責任者へ。前任のペーター・ヴェニンクは財務の人で、フーケは装置の中身を語れる社長として引き継いだ。
- 1973フランスで生まれる
- 2008ASML 入社、製品企画と顧客まわりを担当
- 2018極端紫外線の部門を率いる実験室の技術を量産の機械へ
- 2022顧客と製品を束ねる役職に就く
- 2024社長兼最高経営責任者に就任4 月 25 日、ヴェニンクの後任
- 2025通期売上 €32.7B、期末の受注残 €38.8B
- 2026インテルが最新型で作った半導体を初出荷
強気を言わない社長が、2 度も見通しを上げた年
決算の説明で、フーケは相場の話をほとんどしない。歩留まりや納期、装置が 1 日に何枚を処理できるかを話す。
出荷の時期にもいつも幅を持たせる。届かない約束をしないという構えは、顧客が工場の計画を預ける相手として都合がよい。
その控えめな社長が、2026 年は売上見通しを 2 度引き上げた。1 月は €34〜39B と言っていたが、7 月には €43〜45B まで動いた。
理由は人工知能向けの投資である。半導体の工場が増設を急ぎ、装置の注文がまとめて入った。
欲しいと思うことと、実際に手にすることのあいだには、大きな隔たりがある
同じ機械を作ると名乗り出た新興企業について問われたときの答えだ。最高の技術は誰もが欲しがるが、それを作るのに何が要ったかは忘れられやすい、とも語っている。
急成長で会議や書類が増え、技術者の手が止まっていることも自ら認める。社内の手続きを削り、技術者の時間を現場へ戻す見直しを進めている。
中国向けの蛇口が、1 年で 3 割から 2 割へ
この会社の弱点は、売り先が政治で決まることにある。米国が主導する規制で、最新型はもちろん一世代前の装置も中国へ出しにくくなった。
上の絵のとおり、比率は 1 年でおよそ 3 分の 2 の水準まで細る。それでも全体の売上が伸びているのは、人工知能向けの注文が穴を埋めているからだ。
2026 年 8 月には、米国が旧型の装置まで含めて中国向けをほぼ止めるよう、オランダ政府に迫っているとの報道も出た。実現すれば 20% という見通し自体が崩れる。
もう一つの弱さは独占の裏返しにある。装置は ASML 1 社、鏡はツァイス 1 社で、どこか 1 か所の事故が世界の生産を止めうる。
顧客の側もその一本足を嫌う。日本のキヤノンは、光ではなく型を押し当てて回路を写す別方式の装置を売り出している。
買い手が数えるほどしかいない点も重い。TSMC、サムスン電子、インテル、記憶用にマイクロンと SK ハイニックスが加わる程度である。
急いでいるのは、待たせると逃げられるから
いま社内で最優先なのは、新しい機械を売ることより作れる台数を増やすことだ。従来型は年 65 台を出せる体制にあり、そこからさらに 3 割積み増すと決めた。
独占している会社が急ぐ理由は、注文が多いからだけではない。待たされた顧客は、必ず別の方法を探し始めるからである。
だから ASML の株を見るときは、四半期の売上より 2 つを追うとよい。最新型が何台出たかと、中国向けの比率がどこで下げ止まるかだ。
世界の半導体が進む速さは、いまフーケの示す納期に縛られている。その縛りを自分から緩めることが、この社長に課された宿題になっている。
出典:
- ASML「ASML reports €32.7 billion total net sales and €9.6 billion net income in 2025」 — https://www.asml.com/en/news/press-releases/2026/q4-2025-financial-results
- ASML「ASML reports €9.3 billion total net sales and €2.9 billion net income in Q2 2026」 — https://www.asml.com/en/news/press-releases/2026/q2-2026-financial-results
- ASML「High NA EUV reaches new readiness milestone with first high-volume Logic product」 — https://www.asml.com/en/news/press-releases/2026/high-na-euv-reaches-new-readiness-milestone
- ASML「Introducing Christophe Fouquet, ASML's new CEO」 — https://www.asml.com/news/stories/2024/christophe-fouquet-asml-ceo
- CNBC「U.S.-China AI feud sees ASML walk tightrope between sales and geopolitics」 — https://www.cnbc.com/2026/07/17/us-china-ai-feud-asml-tightrope-sales-geopolitics.html
- NL Times「US preparing to force Netherlands to ban ASML from selling to China」(2026-08-20) — https://nltimes.nl/2026/08/20/us-preparing-force-netherlands-ban-asml-selling-china
- Bits&Chips「ASML CEO Fouquet: "The faster you grow, the less efficient you get"」 — https://bits-chips.com/article/asml-ceo-fouquet-the-faster-you-grow-the-less-efficient-you-get/





