世界中の AI チップは、最後に必ず一つの会社の機械を通る。ASML の EUV 露光装置 がなければ、最先端ロジックは作れない。
我々が遅れれば、世界の半導体が遅れる。それが現実だ
EUV(極端紫外線)露光装置を製造できる会社は地球上で ASML 1 社のみ。TSMC、Intel、Samsung という最先端ロジックの 3 巨頭が、ASML の納期に合わせて自社の量産計画を決めている。世界で最も「代替不能」な会社を率いるのが、フランス出身の物理エンジニア、クリストフ・フーケだ。
フランスの物理少年、オランダの会社へ
1973 年、フランスで生まれる。Grenoble 高等理工科学院(INPG)で物理学を学び、半導体メーカーの装置側に進む。最初の職場は Applied Materials、次に KLA-Tencor。両社ともシリコンバレーの装置メーカーだが、ヨーロッパ現法で経験を積み、計測・歩留り改善の専門家として知られるようになる。
2008 年に ASML 入社。当初は計測装置(メトロロジー)部門の責任者で、EUV 開発の前哨戦を担当した。EUV は当時、商業化までまだ 10 年を要する「できるかどうか分からない技術」だった。フーケは EUV プロジェクトの計測精度・歩留りに地道に貢献し続け、2013 年に EUV 事業部の責任者に。
2018 年に CTO 兼 EUV 事業の最高責任者に。EUV を本格的な量産用装置として TSMC・Samsung へ納入する黄金期を技術側から指揮した。2022 年に COO、そして 2024 年 4 月、ペーター・ヴェニンクの後任として CEO に就任。50 歳での昇格だった。
High-NA EUV と「もう一段の微細化」
ASML の事業は、現行 EUV(NA 0.33)と次世代 High-NA EUV(NA 0.55) の二段構えになる。High-NA は線幅 8nm 以下の世代を可能にする装置で、1 台 $400M 超。フーケが CEO として最初に背負う任務は、この High-NA を TSMC・Intel・Samsung が量産ラインに乗せ切るまで支援することだ。
技術的には複雑だ。光源(Cymer 製レーザー)、ミラー(独 Carl Zeiss SMT)、装置本体(オランダ ASML)、そして顧客の工場運用。各層が連動して初めて成果が出る。ASML は「世界中のサブシステムを統合して微細化を実現する建築家」の役割を担っている。
販売の問題は、顧客が事実上 3 社しかないこと。TSMC、Samsung、Intel、Memory 側に SK Hynix と Micron が加わる程度。1 社が設備投資を絞ると ASML の業績が直撃を受ける。Intel の財務悪化と Samsung のシェア低下は、ASML の中期成長率を引き下げる要因として常に意識される。
エンジニアの言葉で経営する
フーケのスタイルは、前任のヴェニンク(CFO 出身)とは対照的だ。ヴェニンクが財務と地政学を語ったのに対し、フーケは物理と計測誤差を語る。決算説明会でも「ナノメートル単位の歩留り改善」の話を厭わない。アナリストは「話が技術的すぎる」と評するが、その正確さが顧客との信頼を作っている。
EUV は神秘ではない。物理と工学の積み重ねだ。何が遅れているかは、いつも明確だ
社内文化も「過剰に約束しない」を貫く。次世代装置の出荷時期を発表するときも、慎重に幅を持たせる。Wall Street からは「もっと強気でも良い」と言われるが、フーケは技術者として現実的な数字を出し続ける。
ASML は本社オランダ・フェルトホーフェンの小都市にあり、社員は国際的だがオフィスの文化は地味で堅実。「シリコンバレーの華やかさはない、ただ機械を作る」という空気がフーケに合っている。
中国規制と「単一供給」の脆さ
ASML の最大のリスクは 米国主導の対中輸出規制。中国は ASML の売上の 2〜3 割を占めていたが、2023 年以降、最先端 EUV はもちろん、DUV(一世代前)の輸出も段階的に制限されている。短期的には売上下押し、長期的には中国国産代替の促進という構図だ。
もう一つは 単一サプライヤー特有の脆さ。EUV は ASML 1 社、そのミラーは Carl Zeiss 1 社、光源用部品も寡占。どこか一箇所で事故・サイバー攻撃・自然災害が起きれば、世界の半導体生産が止まる。投資家にとっては独占の旨味だが、顧客にとっては最大の悩みだ。
そして 顧客が「ASML 依存」を嫌がる動きもある。TSMC が日本のキヤノン製 NIL(ナノインプリント)装置を一部評価していると報じられたのは、フーケにとって警告だった。完全独占は永遠ではない。
読み終わりに
フーケの面白さは、「装置メーカーの CEO は、顧客より静かでなければならない」という ASML の伝統を体現している点にある。TSMC のモリス・チャン、NVIDIA のジェンスン・ファンのような派手な CEO 像とは対極だ。それでも世界の半導体の歩みを決めるのは、彼の発表する出荷ガイダンスだ。
ASML の株を見るときは、四半期売上より High-NA EUV の出荷台数推移と 中国向け売上の縮小ペースを読むと、見え方が変わる。フーケが次の 10 年で問われるのは、High-NA を予定通り立ち上げ、その先の Hyper-NA 構想にどう繋ぐかだ。





