この記事の流れ(全6章)
ホック・タンは新しいものを作らない。すでにある会社を買い、そこから無駄を削り、値づけを変える。この一手を20年繰り返してきた。
その結果が、いまのブロードコムである。半導体とソフトウェアの二本足で、時価総額は一時 $2T を超えた。
2006年に無名の部品会社の経営を任されたときから、やり方はほとんど変わっていない。主要な買収4件に投じた額だけで $135B を超える。
まず、やり方のほうから
タンの経営は、驚くほど同じことの繰り返しである。新しい技術に賭けるのではなく、すでに客がついている商売を買う。
買った後にやることも決まっている。品目を減らし、買い切りの販売をやめ、毎年払う契約に切り替える。
当然、客の負担は増える。それでも乗り換えには時間も金もかかるため、多くの客は結局そこに残る。
この見立てが経営の核心だ。技術の目利きではなく、客が動けない状況を選ぶことに賭けている。
ヴイエムウェアで、実際に何が起きたか
2023年11月、ブロードコムはヴイエムウェアの買収を $69B で完了した。会社の社内システムを動かす基盤ソフトの大手である。
合意から完了までに18か月かかった。各国の競争当局の審査が長引いたためだ。
完了の翌月、タンは買い切りでの販売をやめると発表した。以後は毎年払う契約しか選べなくなった。
製品の数も大きく絞り、二つの主力の束にまとめた。単品で買えていたものが、束でしか買えなくなる。
客の反発は激しかった。通信大手のエーティーアンドティーは、請求額が10倍以上になるとして裁判に持ち込んだ。
人工知能向け半導体の売上は $10.8B、前年同期比143%増。我々の予想を上回った
それでも株主の支持は厚い。買収のたびに約束した利益がきちんと出てきた実績が、20年分積み上がっているからだ。
ペナンの少年が、数字の人になるまで
1951年、マレーシアのペナンで生まれた。1971年、奨学金を得て米国に渡る。
進んだのはマサチューセッツ工科大学で、機械工学の学士と修士を修めた。のちにハーバード大学で経営学修士も取っている。
ただし、その後の経歴に技術者らしさは薄い。ペプシコやゼネラルモーターズで財務を担い、シンガポールでは投資会社の代表を務めた。
1994年に半導体のインテグレーテッド・サーキット・システムズへ移り、翌年に財務責任者、1999年に最高経営責任者となる。
- 1951マレーシア・ペナンで生まれる
- 1971奨学金を得て渡米、マサチューセッツ工科大学へ
- 1975機械工学の学士と修士を修めるのちにハーバード大学で経営学修士
- 1983マレーシアのヒューム・インダストリーズで経営に就く
- 1988シンガポールの投資会社パックベンで代表を務める
- 1992コモドール・インターナショナルの財務担当副社長
- 1994インテグレーテッド・サーキット・システムズへ移る翌年に財務責任者
- 1999同社の最高経営責任者に就任
- 2006アバゴ・テクノロジーの最高経営責任者に就任
- 2009アバゴを株式上場、公開価格は1株 $15
- 2016ブロードコム(旧)を $37B で買収し、社名を引き継ぐ
- 2018シーエー・テクノロジーズを $18.9B で買収
- 2018クアルコムへの $117B の買収提案を米政権が差し止め
- 2019シマンテックの法人向け事業を $10.7B で取得
- 2023ヴイエムウェアの買収が $69B で完了
- 2025通期売上 $63.9B、うち42%がソフトウェア
- 2026人工知能向け半導体の通期見通しが $56B に
2006年、アバゴ・テクノロジーの最高経営責任者に就く。前年に投資会社が $2.66B で買い取ったばかりの会社だった。
もとはアジレント・テクノロジーの半導体部門で、さらに遡ればヒューレット・パッカードの一部である。当時は地味な部品屋にすぎない。
2009年に株式を上場させた。公開価格は1株 $15。その後の10分割を調整すると、いまの株価はおよそ280倍にあたる。
いまの稼ぎと、予定になかった追い風
2025年11月までの1年で、売上は $63.9B だった。うち42%はソフトウェアで、その大半は買って手に入れたものである。
残りが半導体だ。そしてここに、20年の計画には無かったはずの追い風が吹いた。
人工知能の計算に使う半導体である。エヌビディアが売るのは、誰が使ってもそこそこ動く汎用の計算装置だ。
ブロードコムが売るのは違う。客ごとに用途を絞って設計する専用半導体、いわゆる特定用途向け集積回路である。
設計を任せる大口の客は6社ある。グーグルやメタ、オープンエーアイの名前が挙がっている。
会社はこの分野の売上が2026年度に $56B へ届くとみている。2025年度のおよそ2.8倍という計算になる。
崩れるとしたら、どこからか
一つは、買う相手が尽きることだ。ブロードコムの規模で丸ごと買える独立企業は、もうそう多くない。
もう一つは政治である。2018年、タンはクアルコムに $117B の買収を仕掛けた。
米政権は安全保障を理由にこれを差し止めた。当時のブロードコムがシンガポール籍だったことが背景にある。
会社は直後に登記を米国へ移したが、間に合わなかった。
三つ目は、新しい種類の危うさだ。2026年8月、ブロードコムはアンソロピックなど向けの半導体を賄うため、$70B前後の借金を投資会社と組んで調達する交渉に入っていると報じられた。
会社そのものではなく、客の設備投資を肩代わりする借金である。市場はこれを「簿外の負債」への不安として読み、6月の高値から株価は2割ほど下げた。
そして本人は70代半ばになった。買って削るやり方を同じ強度で回せる後継者は、社内外に見当たらない。
見るべき物差しは二つ
一つは人工知能向け半導体の伸びで、これは四半期ごとに数字で追える。ソフトウェアの伸びが鈍っている分、ここが止まると全体が止まる。
もう一つは次に何を買うか。発表があるまで外からは読めないが、タンの20年はいつもそちら側で決まってきた。
出典:
- Broadcom Inc. Form 10-K (fiscal 2025), U.S. Securities and Exchange Commission — https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1730168/000173016825000121/avgo-20251102.htm
- Broadcom Inc. Announces Second Quarter Fiscal Year 2026 Financial Results — https://investors.broadcom.com/news-releases/news-release-details/broadcom-inc-announces-second-quarter-fiscal-year-2026-financial
- Broadcom Completes Acquisition of VMware (2023-11-22) — https://investors.broadcom.com/news-releases/news-release-details/broadcom-completes-acquisition-vmware
- Avago Technologies to Acquire Broadcom for $37 Billion — https://investors.broadcom.com/news-releases/news-release-details/avago-technologies-acquire-broadcom-37-billion
- CNBC「Broadcom debt deal expected to reach upwards of $70 billion, sources say」(2026年8月21日) — https://www.cnbc.com/2026/08/21/broadcom-debt-deal-expected-to-reach-upwards-of-70-billion-sources.html





