ホック・タンの仕事は、新しい製品を作ることではない。他社が作ったものを買って、利益率を倍にすることだ。
我々は買収する会社を選び抜く。買った後の数字は、買う前から決まっている
2006 年に Avago の CEO になってから 20 年、Broadcom は買収を重ねて半導体・ソフトウェアの両輪を持つ複合体になった。「足し算ではなく、削り算で利益を出す」流儀で、株価は CEO 就任時から約 200 倍。
ペナンの少年から MIT へ
1951 年、マレーシア・ペナンで華人の家庭に生まれる。父は中堅商人で、幼少期から数字と取引の世界に触れていた。奨学金を得て米国 MIT に渡り、機械工学で BS と MS を取得。続けて ハーバードで MBA。理系と経営の両刀を 20 代で身につけた。
キャリア初期はベイン傘下のプライベートエクイティに在籍し、買収先の企業を経営する側の経験を積む。General Instrument の CFO、Integrated Circuit Systems の CEO を経て、2006 年に Avago Technologies の CEO に就任。Avago は当時、HP からスピンアウトしたばかりの地味な半導体部品メーカーだった。
決断は早かった。不採算事業を切り、得意分野に絞り、IPO を成功させる。2009 年の IPO から 2015 年までに、Avago は無線・データセンター向けチップで一定の地位を確立する。そして 2016 年、自社より大きい Broadcom(旧)を $37B で買収。社名だけを乗っ取った。
「買って、削って、上がる」
タンの経営は驚くほど単純な型を繰り返している。割安に見える成熟事業を買い、新規 R&D を絞り、重複機能を削って、キャッシュフローを最大化する。研究開発費は売上比で見ると他の半導体メジャーより低い。代わりに、買った時点で持っている技術を絞り込んで売り続ける。
代表例が VMware。$69B で買収した直後、タンは無料・廉価ラインを廃止し、サブスクリプション専用に切り替え、顧客の年間契約額を一気に引き上げた。顧客の悲鳴と裏腹に、買収から 1 年で営業利益率は跳ね上がった。同じことを CA Technologies と Symantec でもやっている。
半導体側では、Apple との iPhone 向け部品契約、そして 2024 年以降は Google・Meta・OpenAI 向けの AI 用 ASIC が爆発的に伸びている。NVIDIA の汎用 GPU に対し、Broadcom は「特定顧客専用に設計するチップ」を売る。市場規模は小さいが利益率は極めて高い。
「いい人ではない」と評される CEO
タンを評する社員・元社員の言葉は一致している。「親切ではない、だが嘘もつかない」。買収先のリストラを発表会で予告するスタイル、四半期決算で過剰な誇張をしないトーン、社員には KPI を冷徹に問う姿勢。シリコンバレーで一般的な「人を惹きつけるカリスマ」型とは正反対の経営者だ。
利益を出さない部門にロマンを語る権利はない
それでも投資家からの支持は厚い。配当を着実に増やし、自社株買いを続け、約束した買収後シナジーをきっちり実現する。決算説明会では「次の買収」を匂わせるが、ターゲットを口にすることはない。Wall Street が彼の M&A を信用するのは、過去の実績が積み上がっているからだ。
2018 年に Qualcomm への $117B の敵対買収を仕掛けたとき、米政権は「国家安全保障」を理由に拒否した。「外国系の半導体王が米国の主要メーカーを呑む」ことの政治的リスクが表面化した瞬間だった。
次の獲物と、政治の壁
Broadcom の課題は二つ。一つは 次の大型 M&A 候補が限られていること。半導体・ソフトウェアの主要プレイヤーで、Broadcom が買収できる規模の独立企業はもう少ない。VMware の次がない、というのは中長期の成長ストーリーに影を落とす。
もう一つは 規制と地政学。米中対立の渦中で、Broadcom は中国当局からも欧州当局からも厳しい目で見られている。VMware 買収は中国の独禁審査で半年遅れた。次の買収で同じことが起きれば、ディール自体が壊れる可能性もある。
そして タン自身が 75 歳。健康問題は伝わってこないが、後継者は社内外に明確な名前がない。「タンが買って削る」モデルは、彼以外に同じ強度で実行できる人物がほぼいない。そこに最大のキーパーソンリスクがある。
読み終わりに
タンの面白さは、シリコンバレーが大切にしてきた「夢を語って投資を集める」流儀の真逆を 20 年続けて、結果として最大級の企業価値を作った点にある。発明家でも起業家でもなく、徹底的に数字を読む財務家が半導体の頂点に立つという構図そのものが珍しい。
Broadcom の株を見るときは、四半期売上より AI 向け ASIC の顧客数の拡大と 次の M&A 候補の噂を読むと、見え方が変わる。タンが残す最後の作品が 巨大ソフトウェア企業の追加買収なのか、AI チップ専業化への絞り込みなのか — そこに次の 5 年が見える。





