2024 年夏のボーイングは、CEO のなり手がいない会社だった。墜落事故、飛行中に吹き飛んだドア、終わらない品質問題。引き受けたのは、静かに引退していた 64 歳の機械屋だった。
ボーイングは近年、重大な過ちを犯してきた。それは容認できないことだ
Boeing の凋落は、経営が「作る現場」から離れたことから始まったと言われる。だからこそ取締役会は、社外から来た会計や金融の人ではなく、部品の側から航空業界を 35 年歩いたエンジニアを選んだ。ケリー・オートバーグ、2024 年 8 月就任。
部品側から見てきたボーイング
1960 年、米国アイオワ州ダビューク生まれ。アイオワ大学で機械工学を学び、1983 年に Texas Instruments のエンジニアとして働き始める。1987 年、航空機の操縦席まわりの電子機器を作るロックウェル・コリンズに移り、ここで 30 年を過ごした。プログラムマネジャーから昇り詰めて 2013 年に CEO。大型買収で会社を広げ、その後の合併でコリンズ・エアロスペース、さらに RTX の一部となる再編を率いて、2021 年に引退した。
つまり彼は、ボーイングとエアバスの両方に部品を納める側として、この業界の品質と納期の重みを見てきた人だ。顧客としてのボーイングが少しずつおかしくなっていく様子も、外からずっと見えていたことになる。
最悪の初年度
就任から 1 ヶ月あまりで、西海岸の工場労働者 3 万人超がストライキに入った。737 の生産は止まり、現金は月に何十億ドルという速さで溶けていく。オートバーグはここで二つの決断をする。ひとつは争わずに払うこと。53 日で交渉をまとめ、4 年で 38% の賃上げを受け入れた。もうひとつは先に資本を積むこと。2024 年秋に $21B を超える株式発行などで資金を調達し、格下げと資金繰り不安を封じた。同時に従業員の約 1 割にあたる人員削減も発表している。
痛みを一度に取る初年度だった。2024 年の赤字は歴代でも最悪級。しかし「止血と信頼回復を先に、成長は後に」という順番を崩さなかった。
工場のそばに座る経営者
オートバーグは就任にあたり、本社機能のあるバージニアではなく製造の現場シアトルに住むと宣言した。象徴的な仕草に見えるが、彼の再建策はすべて同じ方向を向いている。品質データを役員会の中心に置き、工場の検査工程を増やし、規制当局と「隠さない関係」を作り直す。
私たちは工場の床に、作業場に、設計の現場にいなければならない
結果は数字に出始めた。規制当局が 2024 年の事故以来かけていた 737 の月産 38 機の上限は 2025 年 10 月に解除され、2026 年には月産 47 機体制への引き上げ審査も通った。2025 年の民間機納入は 600 機と 2018 年以来の水準に戻り、受注ではエアバスを 7 年ぶりに上回った。2025 年通期では、資産売却の後押しもあって 7 年ぶりの黒字に戻っている。
それでも残る重い宿題
順風ばかりではない。大型機 777X は認証作業が長引き、納入開始は 2027 年へ再延期。この計画だけで累計 $15B を超える損失を計上した。2025 年 6 月にはインドで 787 の墜落事故が起き、多数の犠牲者が出た。事故調査の途中経過は燃料スイッチの操作に焦点を当てており機体の欠陥は指摘されていないが、「ボーイングの飛行機がまた落ちた」という見出しが世界を巡ったのは事実だ。
財務も回復の途中にある。年間を通せば現金はまだ流出気味で、巨額の負債と希薄化した株式が残る。株価は $220 前後まで戻したものの、2019 年の高値のおよそ半分。防衛部門の採算も長年の火種のままだ。66 歳のオートバーグにとって、これは「完成」ではなく「離陸したばかり」の再建だと言っていい。
読み終わりに
オートバーグの経営は地味だ。新機種の夢を語らず、月産何機・検査何件という製造の数字ばかり話す。だがボーイングを壊したのが「金融の言葉で飛行機を作った」20 年だったとすれば、機械屋の言葉に戻すことこそが再建の本体なのだろう。
Boeing の株を見るときは、受注の華やかさより 737 の月産ペースと現金収支、777X の認証の進みを追うのが近道だ。納入が増えるほど現金が入る商売なので、生産の安定がそのまま業績になる。次の新型機開発をいつ・誰の代で始めるのか — それがこの再建の最終章になる。





