2024 年の年末、Intel を任せられる人間はもう業界にいない、と多くの人が言った。名乗り出たのは経営者ではなく、65 歳のベンチャー投資家だった。
謙虚であれ、懸命に働け、顧客を喜ばせろ
Intel はかつて半導体の王だった。その王が AI 時代に乗り遅れ、製造でも台湾勢に抜かれ、株価は $20 を割り込むところまで沈んだ。リップブー・タンが CEO を引き受けたのはそんな 2025 年 3 月。そこからの 1 年半で、この会社の風景は一変した。
新聞編集者の家に生まれて
1959 年、マレーシアのムアル生まれ。父は中国語日刊紙の編集長、母は大学の寮監という、モノづくりとは縁のない家庭で育った。シンガポールの南洋理工大学で物理学を学び、米国へ渡って MIT で原子力工学の修士号を取る。原発の仕事を志したがスリーマイル島の事故で業界が凍りつき、進路を金融へ変えた。この「回り道」が人生を決めた。
1987 年、サンフランシスコでベンチャーキャピタルのウォールデン・インターナショナルを設立。米国とアジアをまたいで半導体の新興企業に投資を続け、Forbes に「アジア VC の開拓者」と呼ばれた。育てた会社は 300 社を超える。半導体業界で「リップブーに会ったことがない経営者はいない」と言われるほどの人脈は、この 40 年で築かれたものだ。
投資家に会社が経営できるのか
その疑いに、タンは一度答えを出している。半導体の設計ソフト大手 Cadence の CEO を務めた 2009〜2021 年だ。取締役として業績不振を見かねて自ら経営に降り、顧客を一社ずつ回って「何が駄目か」を聞いて回った。結果、売上は 2 倍以上、株価は 3,200% 上昇。業界はこの実績を知っていたからこそ、Intel の火中の栗を拾える人物として彼の名を挙げた。
タンの流儀は投資家のそれだ。技術の細部を自分で決めるのではなく、顧客と現場の声から「どこにお金を張るべきか」を決める。Intel でも就任直後から大口顧客を自ら訪ね、遅い意思決定と分厚い中間管理層を「顧客より社内を見ている」と切った。
火中の Intel で何をしたか
やったことは大きく三つ。第一に身を軽くした。約 12.5 万人いた従業員は 10 万人を下回る規模まで減り、組織の階層は削られ、主要部門が CEO 直轄になった。第二に規律を入れた。前任時代の「先に工場を建てて客を待つ」拡大路線を止め、工場への投資は確実な需要が見えたものに絞った。
白紙の小切手はもうない。すべての投資は経済合理性で説明できなければならない
第三に、資本と後ろ盾を集めた。2025 年 8 月、トランプ大統領が彼の中国企業への過去の投資を問題視し、SNS で辞任を要求する事件が起きる。タンは直接ホワイトハウスへ出向いて説明し、数日で風向きを変えた。それどころか、この対話は米政府が Intel 株の 10%($8.9B) を持つ歴史的な取引に化けた。同じ月にソフトバンクが $2B、9 月には長年のライバル NVIDIA が $5B の出資と共同開発を発表。沈む巨人は一転、「米国が潰せない会社」になった。
2026 年の年始には、最先端の製造技術 18A で作った新世代チップ(開発名パンサーレイク)を発売。「米国で設計し米国で作る最先端半導体」という看板を、ようやく現物で示した。
株価 5 倍の中身を疑う
就任時に $20 台だった株価は、2026 年半ばには $120〜$140 まで駆け上がった。ただし冷静に見れば、この上昇の多くは実績ではなく期待だ。受託製造(他社のチップを Intel の工場で作る事業)はまだ大きな赤字で、18A の量産がどれだけ効率よく歩留まるかも、外部の大口顧客が本当に付くかも、これから証明する段階にある。
政府と NVIDIA を株主に迎えた離れ業も、裏返せば政治と他社の思惑に経営が縛られるということだ。既存株主にとっては持ち分の希薄化でもあった。そしてタン自身が 66 歳。再建の設計図は引けても、それを 10 年かけて完成させるのは次の世代になる。





