この記事の流れ(全4章)
2025 年 3 月、リップブー・タンはインテルの社員に「白紙の小切手はもうない」と告げた。その 1 年半後、彼は市場から $20B を集めている。
使うのを止めた人が、いちばん大きく市場から集めた。矛盾ではなく、順番の話である。
タンは投資家から来た経営者だ。金を出す前に、客が本当にいるかを確かめる。インテルに足りなかったのは技術ではなく、その順番だった。
減らすことから始めた 2025 年
タンがインテルの最高経営責任者になったのは 2025 年 3 月 18 日。株価は $20 台まで沈んでいた。
前任者は、先に工場を建てて客を待つ道を選んでいた。タンはこの順番を逆にする。需要が確かに見えた投資だけを通すと決めた。
社員に配った書簡の一文が、そのまま 1 年半の方針になっている。
白紙の小切手はもうない。すべての投資は経済合理性で説明できなければならない
人も減らした。2024 年末に 108,900 人いた従業員は、2025 年末には 85,100 人になっている。1 年で 2 割以上が消えた。
減ったのは頭数だけではない。中間管理職の層が薄くなり、決裁に必要な段数が減った。
新聞社の家から、原子力を経て投資家へ
1959 年、マレーシアのムアルに生まれた。父は中国語新聞の編集者で、家にモノづくりの気配はない。
シンガポールの南洋大学で物理を学び、米国へ渡ってマサチューセッツ工科大学で原子力工学の修士号を取る。
そのまま原子力の技術者になるはずだった。1979 年のスリーマイル島の事故で業界が凍りつき、進路を金融へ変える。
1987 年、サンフランシスコでウォールデン・インターナショナルという投資会社を立ち上げた。
以来 40 年近く、米国とアジアの半導体の新興企業に金を出し続けている。投資した会社は数百社にのぼる。
半導体の世界では、彼に会ったことのない経営者を探すほうが難しいと言われる。この人脈が、のちに効く。
- 1959マレーシア・ムアルで生まれる
- 1987ウォールデン・インターナショナル設立半導体の新興企業に絞って投資を続ける
- 2004ケイデンスの取締役に就任
- 2009ケイデンスの最高経営責任者へ12 年で売上 2 倍以上、株価 3,200% 上昇
- 2022業界最高の栄誉ノイス賞を受賞。インテル取締役に
- 2024インテル取締役を退任。年末に前任者が退場
- 2025インテルの最高経営責任者に就任 (3 月)
- 2025米政府・ソフトバンク・エヌビディアが株主に (8〜9 月)
- 202618A で作った新型チップを発売 (1 月)、公募増資 $20B (8 月)
疑う声はあった。投資家に会社が回せるのか、というものだ。
答えは 2009 年に一度出ている。半導体の設計に使うソフトを売るケイデンスで、経営を引き受けた 12 年間だ。
売上は 2 倍以上になり、株価は 3,200% 上がった。そのときやったのは、顧客を一社ずつ訪ねて「何が駄目か」を聞くことだった。
技術の細部は現場に任せる。どこに金を張るかだけを、客の言葉から決める。この型を彼はインテルにも持ち込んだ。
敵にされてから、後ろ盾になった
2025 年 8 月 7 日、トランプ大統領が交流サイト (SNS) でタンの辞任を要求した。過去の中国企業への投資を問題視したものだ。
4 日後、タンはホワイトハウスへ出向いて自分で説明した。数日で風向きが変わる。
そして 8 月 22 日、米政府が$8.9B でインテル株のおよそ 1 割を取得した。1 株 $20.47 の買値だった。
同じ月にソフトバンクグループが $2B を出し、9 月には長年の競争相手だったエヌビディアが $5B を出す。
エヌビディアとは、データセンター向けと個人向けの製品を一緒に作る話もついた。沈む巨人は、米国が潰すに潰せない会社になった。
冒頭の $20B は、この一年の最後に来た一手である。使わないと言い切った人が、いちばん大きく集めた。
株価 4 倍のうち、実績はどこまでか
2026 年 1 月、新型チップ「パンサーレイク」を発売した。18A と呼ぶ最先端の製造技術で作った初めての製品である。
18A は、回路をどこまで細かく刻めるかを表す世代の名前だ。作ったのはアリゾナ州の新しい工場である。
米国で設計し米国で作る最先端の半導体という看板を、ようやく現物で示したことになる。
4〜6 月期の売上は $16.1B で、前年同期から 25% 増えた。15 年以上なかった伸び方である。
データセンター向けが $6.3B で 59% 増。人工知能の需要を、ようやく取り込み始めている。
問題は受託製造だ。他社が設計したチップを預かって作る事業で、売上 $5.8B に対し営業赤字が $2.1B ある。
赤字は前年同期の $3.2B からは縮んだ。ただし中身を開けると、外部の客はまだ $293M しかいない。
株価の裏付けは、この細い帯が太るかどうかにかかっている。
株主から見た代償もある。政府もエヌビディアも公募も、新しい株を発行して迎えたものだ。
会社に金は入るが、1 株あたりの取り分は薄まる。株価は 6 月に $140 をつけたのち、8 月末には $90 を割り込む水準まで下がった。
タン自身は、8 月の公募と同じ $95 で自分の資金 $10M を追加投入した。薄まる側にも自分で回った形である。
そしてタンは 66 歳になった。設計図は引けても、10 年かけて建てるのは次の世代の仕事になる。
タンは自分では何も発明しない。40 年かけて作った人脈で、誰が何を欲しがっているかを知っているだけだ。
その耳を、いま初めて自社のために使っている。インテルに足りなかったのは技術より外の目だった、というのが彼の診断である。
だからこの会社を見るときは、株価より受託製造の外部売上を追うとよい。$293M という小さな数字が、四半期ごとにどう動くか。
そこが伸び始めた日が、再建が信用から実績に変わった日になる。
出典:
- Intel Reports Second-Quarter 2026 Financial Results — https://www.intc.com/news-events/press-releases/detail/1776/intel-reports-second-quarter-2026-financial-results
- Intel Announces Upsize and Pricing of $20 Billion Common Stock Offering — https://www.intc.com/news-events/press-releases/detail/1779/intel-announces-upsize-and-pricing-of-20-billion-common
- Intel Appoints Lip-Bu Tan as Chief Executive Officer, Intel Newsroom — https://newsroom.intel.com/corporate/intel-appoints-lip-bu-tan-chief-executive-officer
- Yahoo Finance「CEO Lip-Bu Tan Just Bought Another 105,000 Shares of Intel Stock」(2026 年 8 月) — https://finance.yahoo.com/markets/stocks/articles/ceo-lip-bu-tan-just-193301586.html
- Intel Corporation Form 10-K (fiscal 2025), U.S. Securities and Exchange Commission — https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/50863/000005086326000011/intc-20251227.htm




