2014 年、リサ・スーが CEO を引き受けたとき、AMD は時価総額 $2B 台、株価 $3 台。次の四半期で資金が尽きてもおかしくない状態だった。
私たちは Plan B を持たない。Plan A を信じているから
10 年後、AMD の時価総額は Intel を抜いた。AMD は「Intel の影」から「もう一つの巨人」になった。それも、創業者でも投資家でもなく、MIT で電気工学の博士号を取った 1 人の女性エンジニアの手で。
台南から MIT へ
1969 年、台湾・台南で生まれる。3 歳のとき家族と米国へ移住し、ニューヨーク・クイーンズで育つ。父は数学・統計学の研究者、母は会計士。早くから数学とコンピュータに触れさせる家庭で育ち、幼少期から弟と一緒に家電を分解する子どもだったと本人が振り返っている。
ブロンクス科学高校 — ノーベル賞受賞者を 8 人輩出した進学校 — を出て、MIT で電気工学を専攻。BS、MS、そして 1994 年に PhD を取得。博士論文のテーマは SOI(シリコン・オン・インシュレータ)トランジスタで、当時まだ実用化されていなかった微細加工技術だった。
卒業後はテキサス・インスツルメンツに半年、その後 IBM で 12 年。銅配線を半導体に持ち込むプロジェクトを率い、後の高速チップの礎を作った。同僚は彼女を「完成度を譲らない人」と評した。
Zen に賭けた一手
スーが 2014 年に CEO を引き受けたとき、AMD は 「次の Bulldozer」がもう一回コケたら終わりという状況だった。Bulldozer は前任体制が大金を投じた CPU アーキテクチャだったが、性能で Intel に大差をつけられ、市場で失敗していた。
スーの判断は明快だった。Bulldozer を捨て、ゼロから新しい設計を作る。それが Zen プロジェクトだ。設計責任者には伝説の CPU 設計者ジム・ケラーを呼び戻し、約 5 年かけて完成度を高めた。経営的には、その間ずっとキャッシュを削りながら賭け続けるという、極めて危うい選択だった。
2017 年、Zen ベースの Ryzen が登場すると、業界が驚いた。Intel と性能で並び、価格で勝った。サーバー向けの EPYC はさらに鋭く、データセンター市場で Intel のシェアを着実に奪っていく。
それから AMD の利益とキャッシュフローは反転した。2022 年には FPGA 大手 Xilinx を $49B で買収し、データセンターと AI の両輪を固めた。
ジェンスンの従妹
半導体業界で語り尽くされる事実が一つある。リサ・スーと NVIDIA CEO ジェンスン・ファンは、母方の親戚だ。スーの母方の祖母とファンの母が姉妹で、世代で見れば「またいとこ違い」の関係になる。二人とも台南にルーツを持ち、米国に渡って半導体産業の頂点に立った。
ハードな問題に向き合うのが好き。それが工学の喜びだ
性格は対照的だ。ファンが革ジャンと舞台演出で「売る」のに対し、スーはスーツとデータで「作る」。AMD の経営会議では、彼女は PowerPoint より製品ロードマップの数字を見る と社員は語る。MIT で身につけた問題を分解する癖が、そのまま経営スタイルになっている。
両社の関係は微妙だ。GPU 市場では NVIDIA が圧倒的優位、AMD は AI 学習用 GPU (MI300X / MI350) で挑む側。それでも親戚同士、会えば普通に話す関係だという。半導体産業の頂点で競う二人の経営者が同じ血を引いているという事実は、業界内で長く語り継がれる逸話だ。
NVIDIA との差、そして AI の主戦場
AMD が Intel を抜いたことは大ニュースだが、本当の壁は別にある。NVIDIA の時価総額は $5.28T、AMD はその約 7 分の 1。AI 学習チップで NVIDIA がほぼ独占する状況をどこまで崩せるか — そこに次の 5 年がかかる。
AMD の武器は、CUDA(NVIDIA の開発環境)に代わる ROCm の整備と、メモリ帯域で勝る MI350 シリーズ。Meta や Microsoft が AMD GPU を一部採用しはじめており、単一ベンダー依存を避けたいクラウド大手の心理が追い風になる。
一方で、PC 向け CPU はそろそろ Intel の反撃も始まっている。Lunar Lake、Arrow Lake と相次ぐ新世代で、Intel が再び競争力を取り戻すシナリオも捨てきれない。スーが負けてはいけないのは、Intel ではなく時間だ。AI 投資ブームが続く間に、データセンター GPU で 2 位の地位を不動にできるかが分水嶺になる。
読み終わりに
スーの面白さは、「派手な賭けに見えるが、中身は工学の積み重ね」というところにある。Zen はギャンブルではなく、ジム・ケラーを呼び戻して 3 年かけた地道な再設計だった。MI300 シリーズも一夜で出てきたわけではなく、Xilinx 買収から数えれば 4 年がかりの仕込みだ。
AMD の株を見るときは、四半期の売上総額より データセンター部門の成長率と MI シリーズの大型受注の有無を読むと、見え方が変わる。AI バブルが弾けても、Intel から CPU シェアを奪う動きは続く。スーが残す最後の作品が完全な NVIDIA 対抗なのか、Intel との立場逆転の決定打なのか — そこに次の 5 年が見える。





