この記事の流れ(全5章)
倒産の心配をされる会社の指揮を、進んで引き受ける人は多くない。2014 年 10 月、リサ・スーはAMDでそれをやった。その年の決算は赤字、翌年には自己資本がマイナスに沈む会社だった。
彼女がやったのは、新しい市場を探すことではなかった。すでにある商品を、根っこから作り直すことだった。
最初にやったのは、作り直すと決めることだった
就任前の AMD は、パソコンやサーバーの頭脳にあたる半導体で、競合に大きく引き離されていた。前の経営陣が資金を注いだ設計が、市場で通用しなかったからだ。
延命するか、捨てて作り直すか。スーは後者を選ぶ。完成まで 5 年近くかかると分かったうえでの判断だった。
技術者に渡した目標は一つだけだった。同じ時間で処理できる量を、前の設計より 40% 増やすこと。
出来上がった設計は「Zen(ゼン)」と名づけられ、実測では 52% 速くなった。2017 年、これを積んだパソコン向けの製品が出る。性能で並び、値段で勝った。
続いてサーバー向けが出ると、データセンターからの注文が積み上がっていく。ここで会社の数字が反転した。
台南で生まれ、壊れたものを直す子どもだった
1969 年、台湾の台南市で生まれる。3 歳で家族と米国へ渡り、ニューヨークのクイーンズで育った。父は数学の研究者、母は会計士である。
10 歳のころ、弟のラジコンカーが壊れると直す係は彼女だった。分解して仕組みを見る癖が、そのまま進路になる。
大学はマサチューセッツ工科大学。学士から博士まで同じ場所で電気工学を学び、1994 年に博士号を取った。
研究の題材は、半導体の土台に薄い絶縁層を挟む作り方だった。当時はまだ実用になっていない技術である。
卒業後はテキサス・インスツルメンツを経て IBM へ移る。配線の材料をアルミから銅に替える開発を率いた。半導体を速くするための、地味で難しい仕事だ。
一番難しい問題に向かって走れ
若いころに先輩から受けたこの助言を、彼女は何度も自分に当てはめてきた。傾いた AMD の指揮を引き受けたのも、周囲が危ないと止めた側の選択である。
- 1969台湾・台南市で生まれる
- 1972家族と米国へ移り、ニューヨークで育つ
- 1994マサチューセッツ工科大学で電気工学の博士号
- 1995IBM 入社、配線を銅に替える開発を率いる
- 2007フリースケール・セミコンダクタの技術責任者に
- 2012AMD 入社(42 歳)、同年に設計者ジム・ケラーが復帰
- 2014最高経営責任者に就任、株価は $3 台赤字と資金繰りの不安のなかで
- 2017作り直した設計「Zen」の第 1 弾を発売
- 2022ザイリンクス買収を完了、時価総額で初めてインテルを上回る
- 2024人工知能の学習に使う半導体へ本格参入
- 2025OpenAI と大型契約、通期売上は $34.6B
- 20264〜6 月期はデータセンター向けが全社の 58% に
稼ぎ頭が、パソコンからデータセンターへ移った
2025 年 12 月期の売上は $34.6B。そのうち半分近くが、データセンター向けの部門から来ている。
入れ替わりはさらに進んだ。2026 年 4〜6 月期のデータセンター向けは $6.7B で、前の年の同じ時期の 2 倍を超えた。
会社全体の売上も同じ四半期で 50% 増え、粗利率は 54% まで上がった。データセンター向けが全社の 58% を占めている。
つまり AMD は、パソコンの部品を売る会社から、データセンターに部品を売る会社へ移った。株価を動かす材料も、そちらへ移っている。
いとこと、1 億 6000 万株の約束
半導体業界でよく語られる話がある。スーとエヌビディアの最高経営責任者ジェンスン・ファンは、親戚どうしである。
ファンの母がスーの祖父の姉妹にあたる。ただし二人は一緒に育っておらず、顔を合わせたのは互いに経歴を重ねたあとだった。
競争の構図ははっきりしている。人工知能の学習に使う半導体では、エヌビディアが市場をほぼ握っている。時価総額の差は 7 倍近い。
2026 年 8 月、好調な四半期決算を発表した当日に株価が下がったことがあった。スペース X を率いるイーロン・マスクが、エヌビディアの半導体だけを使うと表明した余波である。スーはこれに動じず、マスクへの敬意を口にするにとどめた。
電力の単位で数える契約
その差を縮める材料が 2025 年 10 月に出た。OpenAI が AMD の半導体を 6 ギガワット分導入する契約である。
規模を電力で数えるのは、いまのデータセンターが使える電気の量から逆算して建てられるからだ。最初の 1 ギガワット分は 2026 年後半に動き出す。
契約にはもう一つ仕掛けがある。OpenAI は AMD 株を最大 1 億 6000 万株買える権利を得た。発行済み株式のおよそ 1 割にあたる。
権利は一度には出ない。導入が進み、株価の条件を満たすたびに段階的に発生する。買う側と売る側の利害を、同じ向きにそろえる仕組みだ。
裏返せば、当面の伸びは少数の大口客に左右される。株数が増えれば、既存の株主の取り分は薄まる。ここが 「伸びているのに危うい」 と言われる理由だ。
この人で AMD を読むなら
見る数字は三つに絞れる。データセンター向けの伸び、粗利率、そして約束した製品が予定どおり出るかどうかだ。
四半期の売上総額だけを見ると、判断を誤りやすい。パソコン向けの波と、データセンターの積み上がりが混ざって見えるからである。
スーの 11 年は、同じ手順の繰り返しだったとも言える。難しい方を選び、数字の目標を一つ渡し、進み具合を自分の目で確かめる。
次の答え合わせは 2026 年後半に来る。OpenAI に約束した最初の 1 ギガワット分が、期日どおりに動き出すかどうか。そこでこの経営が採点される。
出典:
- AMD「2025 年 12 月期 通期決算」 — https://ir.amd.com/news-events/press-releases/detail/1276/amd-reports-fourth-quarter-and-full-year-2025-financial-results
- AMD「2026 年 4〜6 月期決算」 — https://ir.amd.com/news-events/press-releases/detail/1295/amd-reports-second-quarter-2026-financial-results
- AMD・OpenAI 提携発表(2025 年 10 月 6 日) — https://ir.amd.com/news-events/press-releases/detail/1260/amd-and-openai-announce-strategic-partnership-to-deploy-6-gigawatts-of-amd-gpus
- リサ・スー 卒業式講演(マサチューセッツ工科大学、2026 年 5 月) — https://news.mit.edu/2026/commencement-address-lisa-su-0528
- CNBC「Lisa Su brushes off Musk's Nvidia commitment as AMD stock sinks after earnings」(2026 年 8 月) — https://www.cnbc.com/2026/08/05/amd-stock-today-earnings-q2.html
- CNN Business「The Taiwanese American cousins going head-to-head in the global AI race」 — https://www.cnn.com/2023/11/05/tech/nvidia-amd-ceos-taiwan-intl-hnk





