スンダー・ピチャイの最大の経営判断は、自社の儲け頭だった検索を、自ら破壊しに行くことだった。生成 AI の登場で、Google は守りに入る選択肢もあった。彼は攻めに行った。
AI は人類の歴史上、最も奥深い技術になる。火や電気を超えるかもしれない
派手な発言は珍しい。普段は地味で穏やかなインド系経営者。だが彼の在任 11 年で Alphabet は 時価総額 $4.9T、AI 競争の最前線へと押し上げられた。
チェンナイのアパートから
1972 年、インド南部タミルナードゥ州、チェンナイ近郊の中産階級の家庭に生まれる。父は電気エンジニア、母は速記者。家には電話も冷蔵庫もなかった。彼が初めて電話を見たのは 12 歳のとき、父親が家に持ち込んだものだった。
その経験が彼の技術観を作った、と本人は語っている。「物が無い場所での技術の威力」を肌で知っている人だった。インド工科大学カラグプル校で冶金工学を学び、奨学金で米国スタンフォードへ。Wharton で MBA を取り、Applied Materials、McKinsey を経て 2004 年に Google へ入社した。
入社初期に手掛けたのは Google Toolbar。地味な仕事だが、ここで「ユーザー獲得のためのブラウザ流通」の重要性を発見、それが Chrome 開発 に繋がった。2008 年の Chrome リリースは、当時の検索戦略を根本から変える布石になった。
自社の柱を、自社で壊す
2022 年に Microsoft + OpenAI の ChatGPT が登場した時、Google は窮地に立った。売上の 8 割を支える検索が、生成 AI で置き換わるかもしれない。社内には「守れ」という声があった。検索を温存し、AI は別事業として育てる路線。
ピチャイは逆を選んだ。Search に AI を統合、ユーザーが質問を入力すると AI 生成の要約が最上部に出る形に作り変えた。これは Google の広告売上モデル(リンクのクリック)を直接攻撃する判断だった。
我々が自分で破壊しないなら、他社が破壊する
短期的には広告売上が一部削られた。だが長期的には 「AI 検索の地位を Google が握る」 ことを優先した。Bard → Gemini → Gemini 2 と AI モデルを階段状にアップグレードし、Apple iPhone への Gemini 統合まで決めた。
クラウドの黒字化と「組織の重層化」
もう一つの実績が Google Cloud の黒字化だ。長年赤字を垂れ流していたクラウド部門に、ピチャイは元 Oracle の Thomas Kurian を投入。エンタープライズ営業を強化し、2023 年に四半期黒字化を達成、今や AWS・Azure に次ぐ第 3 勢力に。
組織運営では「重層構造」を取る。Alphabet の傘下に Google、Waymo、Verily、DeepMind などを並べ、それぞれに独立した経営者を立てる。「全部自分で見ない、見せる相手を選ぶ」 が彼のマネジメント観。
社員からは「ピチャイは怒鳴らない、対話する」と言われる。Microsoft のサティア・ナデラと並んで「インド系穏やか型経営」の代表格だ。
賞賛と、それでも残る不安
評価される点。長期視点、自社カニバリゼーションを恐れない判断力、AI 研究への一貫した投資(DeepMind 買収は 2014 年、ChatGPT より 8 年早い)。社員と研究者の信頼は厚い。
リスクも増えている。独禁法訴訟が複数進行しており、米司法省は Google の検索独占に対して構造分離を求めている。広告売上の構造変化、AI への巨額設備投資(年 $50B 規模)、Meta の Llama や Microsoft の OpenAI 連合との競争。
加えて、ピチャイ自身が 54 歳。次世代の経営後継が見えにくい。DeepMind の Demis Hassabis や Google Cloud の Thomas Kurian が候補に挙がるが、明示はされていない。
読み終わりに
ピチャイの面白さは、「自分が育てたものを壊す覚悟」を持つ点にある。Chrome を作り、Android を成長させ、Search を率いた彼が、その Search を自ら AI で塗り替えに行く。普通の経営者ではできない。
Alphabet の株を見るときは、四半期広告売上の上下より、「AI 検索のマネタイズが立ち上がる速さ」と 「Cloud の成長率」を読むと、見え方が変わる。検索を AI に乗せ替えるレースで Google が勝てるなら、$5T はまだ通過点だ。





