この記事の流れ(全6章)
スティーブ・ジョブズの後任は誰にも務まらない。2011 年、業界はそう言った。ティム・クックは 15 年かけて、その評価を静かに覆した。そして 2026 年 9 月 1 日、自分が選んだ後任のジョン・ターナスに椅子を渡す。
発明と細部の管理は対立しない。両方が必要だ
新製品の発表会は地味になった。それでも利益は増え続け、株価は分割調整後で23倍を超えた。
アップルは「世界を変える会社」から「世界でいちばん儲かる会社」へ姿を変えた。その変化を起こしたのは、発明家ではなく工場を知る男だった。
造船所の息子が、在庫を憎むまで
1960 年、米国アラバマ州モビール生まれ。父は造船所で働き、母は薬局に勤めた。地方の労働者の家庭で育ち、オーバーン大学で工業工学を学ぶ。
卒業後は IBM で 12 年を過ごした。担当は、部品を集めて製品にして届けるまでの流れ、いわゆる供給網である。
ここで身につけた考え方が、後のアップルを変える。在庫は敵だ、というものだ。倉庫に積まれた製品は、売れるまで価値が下がり続ける。
1998 年、38 歳でアップルに移る。当時のアップルは倒産の一歩手前から抜け出したばかりだった。
クックがまずやったのは、工場を閉じることだった。自社で作るのをやめ、製造を外の会社に任せ、在庫の量を数か月分から数日分まで削った。この一手で利益率が跳ね上がる。
- 1960アラバマ州モビールで生まれる
- 1982オーバーン大学で工業工学を修める
- 1988デューク大学で経営学修士、IBM で供給網を担当
- 1998アップル入社(38 歳)、のちに最高執行責任者へ
- 2007アイフォーン発売、スマホ時代が始まる
- 2011ジョブズが退任、最高経営責任者に就任「クックでは無理」の声を背負って。ジョブズは同年10月に死去
- 2015アップルウォッチ発売
- 2019サービスの粗利率を初めて開示売上区分自体はそれ以前から公表
- 2022時価総額が一時 $3T を突破
- 2024アップル・インテリジェンスで人工知能に参入
- 202510月、時価総額が $4T を突破
- 2026サービス売上が過去最高を更新、時価総額は7月に一時 $5T へ8月時点では $4.65T
- 2026ハード部門トップのジョン・ターナスを後任に指名4月発表、9月1日就任、クックはエグゼクティブ・チェアマンへ
一度売って終わりの商売から、毎月入る商売へ
クックがやった最大の改造は、稼ぎ方の入れ替えである。
就任した頃、アップルの売上のほとんどは端末の販売だった。新型が当たれば伸び、外せば止まる。波の激しい商売だ。
そこにクックは、契約が続くかぎりお金が入り続ける事業を積み上げた。アプリの販売手数料、写真の保管、音楽や映像の配信、決済、保証である。
この 25% が効くのは、利益の厚みが端末と桁違いだからだ。端末は部品を買って組み立てる分だけ原価がかかるが、アプリの手数料にはそれがない。
買収の仕方にも性格が出る。マイクロソフトやメタが数兆円規模の買収を重ねた時期がある。
アップルは逆に、小さな会社を静かに買って中で育てた。買われた会社の名前が表に出ることはまずない。
一番乗りを、はっきり捨てている
クックの一日は午前 4 時に始まると言われる。メールを返し、体を動かし、店舗の数字を確認してから出社する。
会議で議論を戦わせるより、現場の数字と向き合う時間のほうが長い。社員は「クックは意見ではなく事実を持ってくる」と語る。
細部に魂が宿る。誰よりも先に気づき、誰よりも早く直す
この性格は、人工知能への向き合い方にも表れた。マイクロソフトとグーグルは、文章や画像を作る人工知能を競って売り出した。
そのあいだアップルは、2024 年まで方針すら明かさなかった。
競合より 1 年半遅れての参入である。ただし遅れた分、端末の中だけで計算を済ませて個人の情報を外に出さない作りにした。
評価と、残る不安
評価される点ははっきりしている。利益率を毎年改善し、株主への還元を史上最大級の規模で続け、災害があっても止まらない供給網を作った。
一方で不安も残る。稼ぎがアイフォーンと毎月入る収入に集中しており、この 2 本が同時に鈍ると代わりがない。
中国での販売も揺れている。現地の競合が力を取り戻し、規制の圧力も強まった。
そして「次のアイフォーン」がまだ見えない。目に装着する端末は発売したが、市場を作るには至っていない。
クックは 2026 年 8 月時点で 65 歳。「何を作らないかを決める感覚」を次の世代へどう渡すかは、もう仮定の話ではなくなった。
自分で選んだ後継者
2026 年 4 月、取締役会は全会一致でクックの後任を決めた。アップル歴 25 年、ハード部門を率いてきたジョン・ターナスである。
ターナスは 2001 年に製品設計チームへ入り、アイフォーンの部品からアップルウォッチまで手がけてきた。指名の時点で、会社の売上のおよそ 8 割を占める製品群の開発を、すでに任されていた。
彼はビジョナリーであり、25 年間の貢献は数えきれない。アップルを率いるのに、彼以上の適任者はいない
8 月 23 日、就任から 15 年になる前日に社内でお別れ会が開かれた。25 日には最後の新製品となる新型 Mac mini を自ら発表している。
9 月 1 日、ターナスが最高経営責任者に就く。クックは会長として残り、各国政府との折衝など一部の役割を引き続き担う。
この人を通してアップルを読むなら
クックがやったのは、ジョブズの逆を徹底することだった。ジョブズが「これは革命だ」と語った場所で、クックは「これは運用だ」と語る。
それでも株主に届けた利益は、ジョブズの時代より大きい。発明の才がなくても、流れを整える力だけで会社は何倍にもなると証明した経営者である。
その基準は、そのままターナスへの通信簿にもなる。アップルの株を見るときは、新製品が派手かどうかより、毎月入る収入がどれだけ伸びているかと、アイフォーンの買い替え周期が延びていないかを見るとよい。クックが 15 年守った 2 つの数字を、次は工場ではなくハードの現場から来た男が引き継ぐ。
出典:
- Apple Newsroom「Tim Cook to become Apple Executive Chairman, John Ternus to become Apple CEO」(2026 年 4 月 20 日) — https://www.apple.com/newsroom/2026/04/tim-cook-to-become-apple-executive-chairman-john-ternus-to-become-apple-ceo/
- MacRumors「Apple Holds Farewell Party for Tim Cook as Ternus Prepares to Take Over」(2026 年 8 月 24 日) — https://www.macrumors.com/2026/08/24/apple-tim-cook-farewell-party/
- Apple Inc. Form 10-K (fiscal 2025), U.S. Securities and Exchange Commission — https://www.sec.gov/cgi-bin/browse-edgar?action=getcompany&CIK=0000320193&type=10-K
- Apple Newsroom「Apple Intelligence」 — https://www.apple.com/newsroom/2024/06/introducing-apple-intelligence-for-iphone-ipad-and-mac/
- Apple Leadership: John Ternus — https://www.apple.com/leadership/john-ternus/





