この記事の流れ(全6章)
2015 年 7 月、最高経営責任者になって 1 年半のサティア・ナデラは、$7.6B を帳簿から消した。前任者が買ったばかりの携帯電話事業だった。
新しい経営者の最初の大仕事としては、地味で、痛い。
だがこの損切りが、その後 12 年の方向を決めた。勝てない戦いを畳み、空いた資金と人を、計算機を借りて使う仕組み(クラウド)へ回す。ナデラの 12 年は、ほぼこれの繰り返しだ。
前任者の $7.6B を、1 年半で捨てた
ノキアの携帯電話事業を買ったのは、前の最高経営責任者スティーブ・バルマーである。買収額はおよそ $7.9B だった。
ナデラはその価値をほぼ全額、損失として計上した。同じ日に 7,800 人の削減も発表している。報道では、彼自身がこの買収に反対していたとされる。
痛みは決算に出た。2015 年 6 月期の最終利益は $12.2B。翌年は $20.5B に戻った。ほぼ 1 年分の利益にあたる額を、彼は 1 年目で捨てたことになる。
ここに彼の判断のくせが出ている。負けを認めるのが早い。認めた分だけ、次に回せる資源が増える。
携帯で勝つ、という会社の悲願もここで終わった。以後ナデラは、端末の勝負に戻っていない。
入社から 22 年、社内の傍流を歩いた
1967 年、インド・ハイデラバードの公務員の家に生まれた。父は行政官、母はサンスクリット語の学者である。
少年時代はクリケットに打ち込んだ。チームで勝つ感覚をここで覚えた、と本人は何度も語っている。
マニパール工科大学で電気工学を学び、1988 年に渡米する。ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で計算機科学の修士、のちにシカゴ大学で経営学の修士を取った。
1992 年、24 歳でマイクロソフトに入る。そこから 22 年、担当したのは検索、法人向けサーバー、そしてクラウドだった。
どれも当時は社内で格下だった。稼ぎ頭はウィンドウズとオフィスで、人も予算もそちらに付いていた。
2014 年 2 月 4 日、3 代目の最高経営責任者に内部から昇格する。46 歳。会社は外から派手な人を連れてこなかった。
- 1967インド・ハイデラバードで生まれる
- 1988渡米。ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で計算機科学の修士
- 1992マイクロソフト入社(24 歳)
- 2011法人向けサーバー事業の責任者に。クラウドを社内の本流へ押し上げる
- 20143 代目の最高経営責任者に就任(46 歳)就任日の終値は $36.35
- 2015前任者が買ったノキアの携帯事業を $7.6B 損切り
- 2016ビジネス向け交流サイトのリンクトインを $26.2B で買収
- 2018開発者の共同作業サイト、ギットハブを $7.5B で買収
- 2019オープンAI に最初の $1B を出資
- 2021会長を兼任
- 2023ゲーム大手アクティビジョン・ブリザードの買収が完了($68.7B)
- 2025オープンAI の法人再編で、約 27% を持つ株主になる
- 2026アジュールの年商が初めて $100B を超える
「ウィンドウズの会社」は、いま全体の 14%
就任時のマイクロソフトは、ウィンドウズを守るための会社だった。他社の携帯にオフィスを出すのは、社内では裏切りに近い話だった。
ナデラは順番を入れ替えた。まずアップルとグーグルの携帯にオフィスを載せる。次に自社のクラウド(アジュール)で、対立陣営の基本ソフトであるリナックスを正面から支えた。
この業界は伝統を敬わない。敬うのは新しさだけだ
賭けは当たった。2026 年 6 月期、アジュールの年商は初めて $100B を超え、41% 伸びている。
会社の呼ばれ方が変わったのは、この 3 本の比率が入れ替わったからだ。かつての主役は、いちばん小さい柱になっている。
社内文化にも同じ手を入れた。ナデラが掲げた「学び続ける姿勢」(グロース マインドセット)は、知っている人より学びたい人を上に置くという宣言だった。
買収の作法も変わった。リンクトイン、ギットハブ、アクティビジョン・ブリザード。いずれも経営陣を残し、会社の名前も消さなかった。
設備投資が、11 年で 20 倍になった
いまナデラが賭けているものは、決算書の設備投資の欄に出ている。2026 年 6 月期、会社は $115.9B を設備に使った。前の年は $64.6B である。
使い道はデータセンターである。人工知能を動かすには、大量の電気と、計算専用の半導体がいる。その半導体の中心にいるのがエヌビディアだ。
ここが読みどころになる。設備投資は先払いで、建てた分は減価償却として何年も費用に乗り続ける。需要が想定より鈍れば、この判断はそのまま重石に変わる。
いまのところは耐えている。2026 年 6 月期の売上は $331.8B、営業利益は $155.2B。売上の 46% が営業利益として残った。
オープンAI との距離が、2026 年に変わった
2019 年、まだ無名に近かったオープンAI に $1B を出したのはナデラの判断だった。以後の出資は累計 $13B にのぼる。
2025 年 10 月、オープンAI が営利法人に組み替わり、マイクロソフトはおよそ 27% を持つ株主になった。技術を使える権利は 2032 年まで確保している。
ところが 2026 年 4 月、二社の関係は緩んだ。オープンAI は他社のクラウドにもモデルを出せるようになり、マイクロソフトが受け取る取り分にも上限がついた。
独占が外れた以上、アジュールは中身で選ばれ続けるしかない。アマゾンとグーグルが同じ客を狙っている。
ナデラは 1967 年生まれで、今年 59 歳になる。2021 年からは会長も兼ね、社内の権限は就任時より大きい。後継者の指名はまだない。
この会社を見るとき、数字は 2 つでいい
四半期の売上が上振れたか下振れたかは、あまり意味がない。見るのはアジュールの伸び率と、営業利益率の 2 つだ。
伸び率が 40% 前後を保てているうちは、積んだ設備がちゃんと使われている証拠になる。利益率が落ちなければ、先払いの重さに耐えられている証拠になる。
2026 年 8 月、ナデラは自ら「一つの人工知能モデルに頼りすぎる企業は生き残れない」と警告した。オープンAI 一本足だった自社の立ち位置を、複数の模型を選べる形へ変えてきた用心深さと同じ発想である。
12 年前のナデラは、勝てない事業を捨てて資源を作った。いまのナデラは、返ってくるかまだ分からない場所へ資源を全部寄せている。同じ気質が今度はどちらに転ぶのか、まだ誰も答えを持っていない。
出典:
- Microsoft FY26 Q4 決算発表(2026 年 7 月 29 日) — https://www.microsoft.com/en-us/investor/earnings/fy-2026-q4/press-release-webcast
- Microsoft Corporation の提出書類一覧, U.S. Securities and Exchange Commission — https://www.sec.gov/cgi-bin/browse-edgar?action=getcompany&CIK=0000789019&type=10-K
- Bloomberg「Microsoft to Cut 7,800 Jobs as It Restructures Phone Business」(2015 年 7 月 8 日) — https://www.bloomberg.com/news/articles/2015-07-08/microsoft-to-cut-7-800-jobs-as-it-restructures-phone-business
- CNBC「OpenAI completes restructure, solidifying Microsoft as a major shareholder」(2025 年 10 月 28 日) — https://www.cnbc.com/2025/10/28/open-ai-for-profit-microsoft.html
- Forbes「OpenAI And Microsoft End Exclusive Partnership And Revenue Sharing」(2026 年 4 月 27 日) — https://www.forbes.com/sites/aliciapark/2026/04/27/openai-and-microsoft-end-exclusive-partnership-and-revenue-sharing/





